2019.01.03

どん底で引退も考えた土居美咲。
復活のきっかけは無名少女とのテニス

  • 内田暁●取材・文 text by Uchida Akatsuki
  • photo by AFLO

「すっごく前のことで……あまり思い出せないですね」

 2016年シーズンについて、いくつか質問を向けると、彼女は小さくうなったきり、しばらく言葉を探していた。

試行錯誤の2018年を経て新たなスタートを切った土居美咲 この年、土居美咲はウインブルドンでベスト16入りすると、8月のリオオリンピック出場権も勝ち取った。10月には世界ランキングも30位に到達し、日本のみならず、アジアの最高位選手にもなる。

 だが、それから2年も経たぬ2018年6月――。土居の世界での地位を示す数字は、「328」まで下降していた。

 大きなケガや、病があったわけではない。極度のモチベーションの低下や、競技生活からの休養を取ったわけでもない。誰にでもわかりやすい明確な理由は、彼女自身にも見つけられなかった。

 だからこそ、立ち込めた悩みの霧は濃く、それより以前の思い出を霞ませる。それでも、彼女は記憶の針を巻き戻し、自身が必死に歩んできた順路を、丹念に思い出そうとしていた。

 土居のテニスの持ち味は、大柄な欧州勢相手にも堂々と渡り合える、攻撃力にこそあった。

 159cmの体格は世界においては小柄だが、その身体を目いっぱい使い、相手の懐(ふところ)に切り込むかのように左腕を振るいウイナーを奪う。安定感にはやや欠けるが、誰が相手でも破りうる爆発力を秘めていた。

 その彼女が30位に達したころから、「負けたくない気持ちが働いていた」と述懐する。

「私のテニスは、向かっていくテニス。それが、ランキングが上がって挑戦を受ける立場になり、やりづらかったのは覚えています」

 立場の変化は心の様相を変え、プレーにも影を落とし始める。「ランキングを落としたくない」という焦りからか、2017年の初夏に腹筋を痛めた際は、ぶっつけ本番で試合に出て完治を遅らせもした。

 それでも当時の土居は、前向きな言葉を常に口にし、心身の疲労を見せることはなかった。だが、自分でも気づかぬうちに、心の糸は張り詰めていたのだろう。9月のジャパンウイメンズオープン初戦で破れ、ランキングも100位から落ちた時、その糸がプツリと切れた。