君はマン島TTを知っているか。
100年の歴史に挑む日本メーカーの軌跡

  • スティーヴ・イングリッシュ●取材・文・撮影 text & photo by Steve English
  • 西村章●翻訳 translation by Nishimura Akira

 レースには、それに見合う相応の報酬というものがある。

 では、ある種のレーサーたちは、なぜマン島TTレースに魅入られるのだろうか。賞金はごくわずかなのに、リスクがとてつもなく大きく、しかも難易度もずば抜けて高いというのに。

カワサキを駆って今年のマン島TTシニアクラスを制したディーン・ハリソンカワサキを駆って今年のマン島TTシニアクラスを制したディーン・ハリソン マン島TTレースには、オートバイレースの魅力が凝縮されている。島内の公道を封鎖して行なうこのレースは、内なる敵に向き合って打ち勝つ、という戦いでもあるのだ。もういいじゃないか、と自分自身のなかで声がする――生きながらえるためにスピードを落とすんだ、と。

 だが、最高のライダーたちの頭のなかには、生きながらえる、という言葉がない。彼らが考えるのは、限界まで攻めるという、ただその事のみだ。

 公道レースで生活ができるライダーの数は、ごくわずかだ。勝利の美酒を味わえるのは、さらにそのうちのひと握りにすぎない。いったい、何が彼らをそこまで駆り立てるのだろう?

「正直言って、これが合法なレースだとは信じられないよ」と話すのはリー・ジョンストン。今年最初の決勝、スーパースポーツクラスのレース1で優勝した選手だ。「でも、これは何ものにも代えがたいんだ。ちょっと他とは比べようがないね」

 そこに、議論の余地はない。200馬力のスーパーバイクで町や村を駆け抜け、住宅の垣根の脇で鈴なりになったファンが居並ぶ前を、猛スピードで通過して丘陵地へと向かう。このスリルをいったん知ってしまった者には、どんなレースも、もはや生ぬるく感じてしまうのだ。

 時速330kmで走るということは、1秒間に100mの距離を移動するということだ。ほんのわずかのミスが、文字どおり命取りになる。これは危険と栄光が背中合わせの、究極の戦いだ。

 もちろん、ライダーたちは命を捨てて走っているわけではない。彼らは生を満喫するために走っている。彼らは毎年、アイリッシュ海に浮かぶこの小さな島で、その達成感を味わっているのだ。

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