2014.05.11

F1全盛期。『週プレ』が見つめた「セナ狂騒曲」

  • 清水草一(MJブロンディ)●文 text by Shimizu Soichi(MJ Blondy)

「セナは前日、恋人に『走りたくない』と漏らしていた!」という報道もにぎやかだった。

 が、セナはもともとナーバスな性格で、これまでもなにか嫌なことがあるたびに「走りたくない」と言ってきた。今まで何度、「エンジンがクソだから走りたくない」とか、「サスペンションがカスだから走りたくない」とか、「こんなダメチームでは走りたくない」とワガママを言ったことか。それでもバビューンと勝ってきた男なのである。

 今回の「走りたくない」報道は、"危険なレースに無理やり出場しなければならなかった悲劇のヒーロー像"を作りあげようとする意図的なスキャンダリズムだ。

「セナは本当の神になった」というのも、フジTVの解説者を筆頭にいろいろな人が言ったが、あまりにもセンチメンタルで、セナを美化しすぎてやしないか。揚げ足取りかもしれないが、セナは敬虔なクリスチャンだったはず。一神教のキリスト教徒であるセナに対して「神になった」などというモロに多神教的な言葉は追悼にもならない。

『ニュースステーション』では、「スピードを極限まで競う以外に方向はないんですかねえ」「これでF1は消滅するんじゃないかという声まであります」という超トンチンカンなやりとりがされていた。スピードを競わないで車庫入れでも競えというのか。ペレが試合中に死んだらサッカーは消滅したのか。バカである。(※記事の冒頭一部を抜粋)

 読み返してみると、セナを偏愛し、犯人捜しをする世間への憎悪が感じられる。セナを神聖でアンタッチャブルな存在に祭り上げた日本のメディアを、私は憎んでいた。アイルトン・セナはそれほど巨大な存在であり、劇的な死により超新星のように輝いていた。

 セナが死んだ約半年後、私は集英社を退社し、フリーランスになった。この時の記事は、私の週プレ在籍中、最も心に焼き付いた仕事のひとつになった。

プロフィール

清水草一(MJブロンディ)
1962年東京生まれ。編集者を経てフリーライター。著作に『そのフェラーリください!!』をはじめ『首都高はなぜ渋滞するのか!?』など交通ジャーナリストとしても活動。日本文芸家協会会員。http://www.shimizusouichi.com/

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