2014.05.01

【F1】あの事故から20年。中嶋悟が語る「セナの素顔」

  • 川原田剛●取材・文 text by Kawarada Tsuyoshi photo by Murakami Shogo

セナとの思い出を、ときおり笑顔を見せて語ってくれた中嶋氏 セナは僕と組んだ翌年(88年)、マクラーレン・ホンダに移籍して、当時最高のドライバーと言われていたプロストのチームメイトになりました。もしプロストが何度も優勝しているのに、セナはいつも5位とか6位を走っているという状況だったらショックですよね。そのセナよりも遅かった僕は・・・・・・ということですから。すぐにでもF1ドライバーをやめないといけなかったですよね(笑)。

 でもセナはプロストを打ち破って、自身初のチャンピオンに輝きました。この時、セナは喜んでいましたが、僕だって心から喜びました。僕がデビューシーズンにともに戦い、一度も勝てなかった男は、やっぱり特別な存在だったと証明されたのですから。

(後編に続く)

プロフィール
中嶋悟(なかじま さとる)
1953年 2月23日愛知県生まれ
国内ではトップカテゴリーF2シリーズで5回のチャンピオンを獲得。ホンダエンジンの開発にも参加し、F1テストドライバーも務めた。34歳で念願のF1フル参戦ドライバーとして、名門ロータスよりデビュー。(‘87-‘89 ロータス、’90-‘91 ティレル)この年から鈴鹿で日本GPが開催され、日本でのF1人気が一気に高まった。91年にドライバーを引退。ナカジマレーシングの総監督として、活動を開始。国内のトップフォーミュラー、耐久レースなどに参戦するとともに、国内外の若手ドライバーにチャンスを与え、ドライバー育成にも力を注ぐ。現在、日本レースプロモーション会長、鈴鹿サーキットレーシングスクール校長も務める。

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