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『ウマ娘』では「100年に1人クラスの美少女ギャル」 競馬史に残る"美形"ゴールドシチーが見せた勇姿 (2ページ目)

  • 河合力●文 text by Kawai Chikara

 GⅠ馬となったゴールドシチーは翌年、クラシック路線に参戦。前哨戦のGⅡスプリングS(中山・芝1800m)で6着に敗れたこともあって、一冠目のGⅠ皐月賞(中山・芝2000m)では、11番人気と大きく評価を落としていた。

 しかし、レースでは後方待機から直線ですばらしい伸び脚を披露。勝ったサクラスターオーが大外から豪快に突き抜けたあと、馬群を縫って2着に食い込んだ。

 皐月賞馬サクラスターオーが戦線離脱して迎えた二冠目のGⅠ日本ダービー(東京・芝2400m)では、1番人気マティリアルに次ぐ2番人気の支持を得た。再び後方から運んで直線では大外から伸びてきたが、好位から先に抜け出したメリーナイス(1着)らに及ばず4着。人気に応えることはできなかった。

 その後、ゴールドシチーは夏の休養を経て、GⅡ神戸新聞杯(阪神・芝2000m)で3着、GⅡ京都新聞杯(京都・芝2200m)で失格(スタート直後に斜行して他馬が転倒)となったあと、三冠最終戦のGⅠ菊花賞(京都・芝3000m)に臨んだ。

 ダービーに続いて2番人気の評価を受けたゴールドシチーは、好スタートから道中7番手あたりを追走。レースは淡々と進んでいったが、3コーナーの坂下から一気にレースが動いていく。そんななか、ゴールドシチーは直線でインコースを突いて追撃を図った。

 直線半ば、馬場の中央に進路を変えて着実に脚を伸ばしていくゴールドシチー。4~5頭が競り合うなか、先に内から抜け出したサクラスターオーを懸命に追ったが、最後は半馬身届かずの2着。悲願のクラシック制覇は叶わなかった。

 以降、ゴールドシチーは古馬の重賞戦で奮闘した。勝ち星にこそ恵まれなかったものの、GⅡ戦では何度か上位争いを演じて、5歳春のGⅠ天皇賞・春(京都・芝3200m)では5着と善戦。存在感を示した。

 6歳となった1989年春、GⅠ宝塚記念(10着。阪神・芝2200m)を最後に引退。その日のパドックでも、同馬の美しさを見ようと集ったファンの視線を釘づけにした。

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