2021.06.21

ウマ娘で「復活」を叶えたサイレンススズカは、史上最強の逃げ馬だった

  • 河合力●文 text by Kawai Chikara
  • photo by Kyodo News

 競走馬を擬人化したコンテンツ「ウマ娘」。以前はアニメ版も放映されていたが、その中で大きな反響を呼んだエピソードがある。「サイレンススズカ」の復活劇だ。

 ウマ娘のサイレンススズカは天皇賞・秋に挑むと、超ハイペースで飛ばし、ライバルを引き離していく。勝利は確実と思われたが、その瞬間に骨折して競走を中止。最悪の事態は免れたが、復帰は絶望的。しかし、長期間のリハビリを敢行し、1年1カ月ぶりの復帰戦で勝利を飾った。

1998年GI宝塚記念で最初から全速力で走り優勝したサイレンススズカ1998年GI宝塚記念で最初から全速力で走り優勝したサイレンススズカ この記事に関連する写真を見る  このエピソードは、かつての競走馬・サイレンススズカをベースにしたものだが、現実は「復活」とはならなかった。20年を超えても消えない、競馬史に残る悲劇と言える。しかし、その悲劇をウマ娘では復活劇に変えたことで、話題となった。

 1997年に4歳(現3歳)でデビューした競走馬のサイレンススズカは、大物と騒がれたが、その才能がなかなか勝利に結びつかなかった。デビュー2戦目の舞台では、スタート前に暴れてゲートをくぐり、またその後のスタートで大きく出遅れたのは有名な話。

 序盤から先頭に立ってペースを握る「逃げ」の競馬がこの馬のスタイルだが、4歳時は後ろに控えるレースを試みたり、逃げても最後は止まったりというレースが多かった。

 しかし、ある出会いをきっかけに、サイレンススズカは真価を発揮する。武豊とのコンビ結成だ。この人馬で挑んだ最初のレースは5着に敗れたが、武豊はそのとき、サイレンススズカの類いまれな能力を確信。その能力を引き出す方法も見つけたという。それは、スタートからこの馬を解放すること。人間がペースをコントロールしすぎず、自由に走らせてあげることだ。

 サイレンススズカは、走るのが大好きな馬。普通、こういう馬を自由に解き放てば、オーバーペースになる。だからこそ、騎手がペースをコントロールする。しかし、武豊はたとえ前半でペースが早くなろうとも、サイレンススズカのリズムで走らせたのである。

 これが正解だった。5歳(現4歳)となった1998年、くすぶっていた大物は、歴史に残る走りを見せる。スタートすると、栗毛の鮮やかな馬体がスッと先頭に立つ。そこでペースを緩めず、さらに後続を引き離していく。レースによっては、後ろを1秒以上、何十メートル離すことも珍しくない。サイレンススズカは2000m付近のレースを主戦場にしたが、この距離では、通常、前半1000m57秒台なら相当なハイペース。普通そのラップでいけば失速のリスクがあるが、サイレンススズカは止まらなかった。むしろ、後半で突き放してしまうのである。