【競馬】引退・安藤勝己、「馬を動かす」技術が日本競馬を変えた (2ページ目)

  • 新山藍朗●文 text by Niiyama Airo
  • photo by Eiichi Yamane/AFLO

 2003年2月、JRAへの移籍が決まり、数日後にデビュー戦を控えた安藤騎手に話を聞く機会があった。その際、「地方の騎手が中央の騎手より優れているところがあるとすればどんなところか?」という質問を投げてみた。すると、安藤騎手は「う~ん......」としばらく考えたあと、こんな言葉を口にした。

「馬をガツンと動かすこと」

 中央でも、ローカル開催の平坦小回りのダートコースでは、先行有利が基本。さらにコースの小さい地方競馬場では、一層その傾向が強まる。ゆえに、地方の騎手は「いかに馬を折り合わせるか」よりも、先行するために「いかに馬を動かせるか」が問われる。

 1周わずか1100m(中央ダートコースの最長は東京の1899m、最短は福島の1444.6m)という笠松競馬場で勝ち星を量産してきた安藤騎手。そこで培った馬を意のままに動かす技術への自負と自信が、その言葉には表れていたように思う。そして、この「馬を動かす」という技術が、のちに大きく脚光を浴びることになる。

 JRAの騎手は、伝統的に折り合い重視のスタイル。勝負どころに至るまで、いかに馬に負担をかけない乗り方をするかが最重要とされる。もちろん、そこに疑問をはさむ余地はない。折り合いは重要だし、芝レースの乗り方として、それは理にかなっている。

 ただ、誰もが一様にその点だけを重視して騎乗すれば、ある種のマンネリ化に陥ってしまう。ある時期、ビッグレースのほとんどが落ち着いた展開となり、「スローペース症候群」という言葉で批判されたのは、そうしたマンネリ化があったからではないだろうか。

 そうした状況の中、正式にJRAの騎手になる前の安藤騎手が、頻繁にJRAのレースに騎乗するようになり、「馬をガツンと動かす」というパワフルな騎乗スタイルを持ち込んだ。それまで、JRAの騎手には見られなかったパフォーマンスで、それはとても新鮮に映った。多くのファンが魅力を感じて、そのスタイルを支持した。騎乗の善し悪しは別にして、当時の競馬界が最も必要とした"革新的な空気"をもたらしたことは間違いなかった。

 関東の競馬専門誌記者によると、当時トップジョッキーのひとりが「安藤さんの馬の追い出し方、見た? 迫力あるよなぁ」と感嘆の声を漏らしたという。安藤騎手の騎乗スタイル、つまり馬を動かす技術は、同業者で、やがてライバルになるはずの中央の騎手をも唸らせたのだ。

 それから、競馬界、とりわけジョッキーを取り巻く環境は大きく変わり始めていった。安藤騎手に続いて、地方から小牧太、岩田康誠、内田博幸などの名手が次々と中央に移籍。リーディングでトップ争いをするまでになった。

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