2012.11.04

【競馬】パカパカファーム物語。
アイルランドの獣医師は、なぜ日本行きを決めたのか

  • 河合力●文 text&photo by Kawai Chikara

スウィーニィ氏の部屋に飾られている、ディープブリランテがダービーを制した際の表彰カップや記念品。『パカパカファーム』成功の舞台裏
連載●第2回

今年、日本ダービー馬ディープブリランテを輩出し、一躍脚光を浴びた『パカパカファーム』(北海道新冠町)。2001年の開場からわずか11年で、なぜ日本競馬界最高峰の称号を手にすることができたのか。この連載では、牧場を開いたアイルランド人、ハリー・スウィーニィ氏のこれまでの物語をたどりながら、パカパカファーム成功の秘密を探っていく。そして今回は、スウィーニィ氏が来日を決断した真意に迫る――。

 10月26日、今年の日本ダービー馬ディープブリランテの引退が発表された。菊花賞直前の追い切りで右前脚に異常が見つかり、精密検査をしたところ、復帰が難しい重度の屈腱炎(脚の屈腱にある一部の腱線維が切れたり、変性したりして、出血と炎症が起こる病気。再発が多く「不治の病」と言われている)と診断されたためだ。同馬は今後、北海道安平町の社台スタリオンステーションで種牡馬となることが決まっている。

 ディープブリランテを生産した『パカパカファーム』の代表、ハリー・スウィーニィ氏は、この一報を聞いてがっくりと肩を落としたという。

「ディープブリランテは本当に才能豊かな馬。日本ダービーを勝ったのは素晴らしいことですが、まだまだ活躍してビッグレースのタイトルを獲れる逸材でした。それだけに残念でなりません。とはいえ、彼の持っている豊かなスピードや雄大な馬体、走ることに前向きな気性は、種牡馬としてとても大切なもの。きっと素晴らしい子どもを輩出してくれることでしょう」

 ディープブリランテは、日本で数々の活躍馬を輩出してきた一族の牝馬ラヴアンドバブルズに、三冠馬ディープインパクトをかけあわせた、スウィーニィ氏こだわりの血統。その血がやがて子に伝わり、再び競馬界を盛り上げてくれることを期待したい。

 さて、そのスウィーニィ氏が来日したのは、1990年のこと。それまで彼は、獣医師としてヨーロッパで働いていた。