【FIFAワールドカップ】各国ユニフォームの昔話 デザインも装飾もないウェアにある時「3本線」が入った (3ページ目)
【アディダスとW杯】
アディダスは靴職人だったアドルフ・ダスラーによって設立されたドイツのシューズ・メーカー。アドルフの愛称「アディ」にダスラーの「ダス」を加えて社名としたのだ(ちなみに、アドルフの兄のルドルフが設立したのが「プーマ」社)。
アディダスのシューズを一躍有名にしたのは、1954年のスイスW杯だった。
当時、自他ともに認める世界最強だったのは、国際試合で4年間無敗を誇り(28勝4分)、1953年には聖地ウェンブリーでイングランドを6対3で破ったハンガリー。「マジック・マジャール」の異名を取り、W杯でも絶対の本命視されていた。
しかし、西ドイツとの決勝戦が行なわれたベルンのヴァンクドルフ・スタジアムは豪雨に見舞われた。そして、ハンガリーの選手たちは緩んだピッチに足を取られて苦戦したのに対して、アディダスが開発したばかりの交換式ポイントのシューズを履いた西ドイツ代表が優位に立ち、結局、西ドイツが3対2で逆転勝利してW杯初優勝を遂げたのだった。
アディダスはサッカー界で圧倒的なシェアを誇る存在となっていく。また、アドルフ・ダスラーはFIFAとの関係も強化してオフィシャル・サプライヤー的な存在となり、1970年のメキシコ大会以降、W杯では常にアディダスのボールが公式球として使用されることになった。
さらに、1970年代以降はアドルフの息子であるホルスト・ダスラーが実権を握ってスポーツ広告代理店ISLを創設。IOC(国際五輪委員会)のフアン・アントニオ・サマランチ会長やFIFAのジョアン・アヴェランジェ会長との人脈を生かして、世界のスポーツ界の商業化を進めた。
あれから半世紀が経過して、サッカーのユニフォームはますます多彩になっており、今年のW杯ではアメリカ代表が赤白ストライプという奇抜なデザインを採用。メーカーも伝統のアディダス、プーマに加えて、アメリカ発祥のナイキが3大勢力をなして競い合っているようだ。
著者プロフィール
後藤健生 (ごとう・たけお)
1952年、東京都生まれ。慶應義塾大学大学院博士課程修了(国際政治)。1964年の東京五輪以来、サッカー観戦を続け、1974年西ドイツW杯以来ワールドカップはすべて現地観戦。カタール大会では29試合を観戦した。2025年、生涯観戦試合数は7700試合を超えた。主な著書に『日本サッカー史――日本代表の90年』(2007年、双葉社)、『国立競技場の100年――明治神宮外苑から見る日本の近代スポーツ』(2013年、ミネルヴァ書房)、『森保ジャパン 世界で勝つための条件―日本代表監督論』(2019年、NHK出版新書)など。
【画像】FIFAワールドカップ2026出場国 フォーメーション&メンバー
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