酒井宏樹にサヨナラは似合わない。マルセイユ市民が愛した5年間の功績

  • 中山淳●取材・文 text by Nakayama Atsushi
  • photo by AFLO

「彼に、サヨナラと言わないで」

 今夏にオリンピック・ドゥ・マルセイユを去る決断を下した酒井宏樹のことを報じた地元紙『ル・プロバンス』の電子版記事は、そんなフレーズで書き始められていた。

酒井宏樹はサポーターからの信頼を勝ち得た酒井宏樹はサポーターからの信頼を勝ち得たこの記事に関連する写真を見る 日出ずる国において、サヨナラという言葉はどこか寂しい別れのニュアンスがあるため、今回の酒井とマルセイユの別れにはふさわしい表現ではないというのだ。そしてその心は、その記事を締めくくる次のフレーズにあった。

「Merci(ありがとう)、Hiroki!」

 まだ公式に発表されたわけではないが、2016年夏からフランスの名門でプレーする酒井の浦和レッズ入りは、現地フランスでも確定的ニュースとして報じられている。

 しかし、『ル・プロバンス』紙のように、いずれのメディアもこの移籍についてネガティブな伝え方はしていない。おそらくそれこそが、この5年間、酒井がマルセイユで残してきた功績を象徴しているのではないだろうか。

「たぶん最初は苦労しますよ。そんなに甘いものじゃないですから」

 地元開催のユーロで盛り上がっていた2016年6月。新天地マルセイユで行なったwebスポルティーバのインタビューの終わり際で、酒井は自分に言い聞かせるようにそうつぶやいていた。新シーズンに向けたチームトレーニングの開始を前に、気を引き締め直そうという意味もあったのかもしれないが、そこには不安と緊張感もあったはず。

 何せ、フランスにおけるマルセイユは特別な存在。いまでこそパリ・サンジェルマンの勢いに押され気味だが、人気、歴史、成績、ブランド力など、あらゆる点において国内ナンバーワンの地位を維持してきた真のビッグクラブである。

 狂信的とも言えるサポーターたちは、勝てば熱烈な声援を送ってくれるが、負ければ一転、激しい罵声を浴びせ、時には過激な行動に出ることも日常茶飯事だ。市民のクラブへの関心度が異常に高く、だからこそ地元メディアではクラブに対する厳しい意見が飛び交う。ドイツのハノーファーで4シーズンを経験していたとはいえ、酒井にとっては決して低くないハードルだった。

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