2020.07.21

「ドーハの悲劇」前夜。カズは
スタジアム客席から采配に注文をつけた

  • 杉山茂樹●文 text by Sugiyama Ssigeki
  • photo by Mutsu Kawamori/MUTSUFOTOGRAFIA

 ベティス対デポルティーボ。ベティスのサッカーは高級だった。その3年前、日本代表と3-2の試合をしたのと同じチームにはとても見えなかった。スタメンには、アルフォンソ・ペレス(スペイン代表)、フィニディ・ジョージ(ナイジェリア代表)、ロベルト・ヤルニ(クロアチア代表)などが名を連ねていた。

 しかし、この試合で圧倒的な存在感を発揮したのは、このシーズン、パルメイラスからデポルティーボに加わったリバウドだった。ベニート・ビジャマリンに足を運んだ理由は、実はリバウド見たさにあったのだ。

 ベニート・ビジャマリンの建て替えが始まったのは、その次のシーズンの後だったと記憶する。1998-99シーズン。再び現地を訪ねることになったので、スペイン在住の知人に連絡すると「"ベニート・ビジャマリン"はいま改装中。試合は"マヌエル・ルイス・デ・ロペラ"で行なわれます」とのこと。

 いったいそのスタジアムはどこにあるのか。場所が不明なので、試合の前日、タクシーの運転手に行き先を告げ、その運転に身を任せた。すると着いた先は改装中のベニート・ビジャマリンだった。クラブの関係者に「マヌエル・ルイス・デ・ロペラ」はどこですかと問いかければ「アキ(=スペイン語でここ)」と言うではないか。実際、正面スタンドに掲げられたプレートには「ベニート・ビジャマリン」と書かれてある。

 つまり、改築前のスタジアム名がベニート・ビジャマリンで、改築後のスタジアム名がマヌエル・ルイス・デ・ロペラだった。

 新スタジアム=マヌエル・ルイス・デ・ロペラは、バックスタンド側だけ完成していた。ベニート・ビジャマリンも半分残った状態にあった。

 ベティス・サポーター歴ウン十年という長老は、こう続け。胸を張った。

「ベニート・ビジャマリンを来年壊して新しいスタンドを造り、すでに半分できたスタジアムと合体させるのだ。完成すれば7万人のスタジアムに生まれ変わるんだ(実際は6万720人だった)」

 建設現場の風景があまりにものんびりとしていたので、「ホントに来年完成するんですか?」と突っ込めば、長老はニヤッと笑い「その次の年かも」と、すぐさまトーンダウンした。