「ドーハの悲劇」前夜。カズはスタジアム客席から采配に注文をつけた (2ページ目)

  • 杉山茂樹●文 text by Sugiyama Ssigeki
  • photo by Mutsu Kawamori/MUTSUFOTOGRAFIA

 どういうわけかこの試合を欠場し、筆者の隣でスタンド観戦していたカズこと三浦知良(現横浜FC)は、江尻が早々にベンチに下がる姿を見て「こんなに早く代えちゃダメなんだよ。テストにならないだろ」と、その采配に注文をつけていた。

 ベティスはその時、スペインリーグの2部にいた。日本戦のメンバーが、ベストメンバーだったのか記憶にないが、躍動感のなさを技術で補う、とてもおっさん臭いサッカーをしていた。

 それでも3-2のスコアで日本代表に勝った。日本が1カ月後に行なわれたアメリカW杯アジア最終予選を勝ち抜き、本大会出場を決めていたら、ベニート・ビジャマリンに足を運んだ地元の観衆は、何を思っただろうか。

 日本戦の観客は2000~3000人といったところだったが、次に訪れた時、スタンドは4万7500人の観衆で満杯に膨れあがっていた。ボスマン判決の内容が施行された1996-97シーズン。ベティスは開幕して5週目をトップで迎えた。相手はその時4位のデポルティーボ・ラ・コルーニャ。

 メディア受付のゲートに行けば、態度のよろしくない係員が「お前はチノかホンコン、それともハポンか? 今日は記者席満員だから入れないよ」と迫ってきた。さらに「それでも試合を見たいんだったら3500ペセタ(当時のレートで約4000円)払いな。あっ今日はもう売り切れだ。6000ペセタぐらい出せばダフ屋が売ってくれるだろ」とまで言い出す始末だ。

 ほどなくすると、ちゃんとした広報担当者が現れ、無事、入場することができたのだが、広報は失礼を気に掛けてくれたのだろう、こちらにペットボトルの水を差し出し、さらにニコッと笑い、何かが入った小さな袋を2つ手渡した。

 ひまわりの種だった。スペイン人にとっての観戦のお供である。試合中、観衆はかなりの確率でそれを口にしている。目を奪われるのは、殻を剥き、実を取り出す口と舌の動きの素早さだ。リズムよく殻を取り出しペッと捨てる。

 何を隠そう、筆者はこの技を身につけようと密かにトレーニングした。その結果、その半年後ぐらいには、スペイン人と遜色ないスピードで、ひまわりの種を処理することができるようになった。試合への集中力も自ずと増した。

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