久保建英を迎えるレアルBの新指揮官ラウル。ふたりには共通点がある

  • 小宮良之●文 text by Komiya Yoshiyuki
  • photo by MarcaMedia/AFLO

「ラウルは"虎の目"をしている。ゴールを取るまでピッチでくたばることはない。たとえ瀕死の状態になっても、狙った獲物を仕留めるまでは」

 かつて、スペインの名将ルイス・アラゴネスは、ラウル・ゴンサレスを評してそう言っている。

 ラウルは、レアル・マドリードで伝説的に語られる選手である。1990年代から2000年代にかけて活躍し、3度のチャンピオンズリーグ優勝、6度のリーガ・エスパニョーラ優勝など数々の栄光に浴している。アルフレッド・ディ・ステファノの記録を抜いてクラブ史上最多得点を挙げ、クリスティアーノ・ロナウドに背番号7を継承した。

 そのラウルが、新シーズンは監督として、久保建英が所属することになるであろうカスティージャ(レアル・マドリードBチーム)を率いる。

"虎の目"に、久保はどのように映るのだろうか?

マドリードの空港に到着した久保建英マドリードの空港に到着した久保建英 ラウルはチームが苦しんでいるときこそ、その力を示し、自らゴールを決める選手だった。左利きであったことが独特のリズムを生み出し、相手を悩ませた。技術レベルが高く、GKの位置を見極めてループで決めるシュートはお手の物だった。大男ではなく、その細身は「プロでは通用しない」とまで言われ、単純なパワー、スピードで特別に優れた点はなかった。

「勝負強さ」――精神面で他を凌駕し、どんなときも技術を十全に発揮できたのだ。

 それはラウルが、裕福ではない地域から這い上がってきたことに関係しているかもしれない。父親は電気工事関係の仕事をしていたが、会社が潰れ、一家は路頭に迷いかけている。サッカーはそんな環境から抜け出す手段のひとつだった。

 サッカーに対する取り組み方は尋常ではない。筆者は、アトレティコ・マドリードでジュニア時代のラウルを指導した人物に話を聞いたことがあるが、少年時代の彼は狂気すら漂わせていたという。

「ラウルは、とにかくサッカー漬けの毎日だった。週末は自分の試合があるのに、他のカテゴリーの試合もハシゴで見ていた。そこで気に入ったプレーがあると、トレーニングで試す。何からでも、サッカーを学び取ろうとしていた。練習の終わりには、個人でいろいろな種類のシュートを反復し、身につけるまでやめなかった」

 ラウルはレアル・マドリードの選手として、当時最年少記録の17歳4カ月でトップデビューを飾っている。すると1シーズン足らずで、当時、背番号7をつけていたエミリオ・ブトラゲーニョを追い出し、エースの座を奪ったのだ。

「俺があんたを金持ちにしてやる」

 初めてついた代理人に、10代のラウルは不敵に言い放ったという。彼は世間の重圧などものともしなかった。その不屈さによって優れた技術を躍動させ、15年間もエースとして君臨したのだ。

 そんなラウルだが、指導者としての彼を語るべき材料はまだ乏しい。昨シーズン、監督ライセンスを取得したばかりで、U-15監督でキャリアをスタートさせ、シーズン途中でU‐18監督に昇格。新シーズン、"レジェンド"としてカスティージャの監督を任されたに過ぎない。

 しかし生き馬の目を抜く世界で生きてきたラウルは、久保に、自分と似た"生きる強さ"を嗅ぎ取るのではないか。

 どちらも左利きで、大柄ではない。運動能力よりもボール技術に秀で、精神的には強靱。野心が強く、重圧に少しもへこたれない。ラウルは少年期を過ごしたアトレティコの下部組織がクラブの事情で消滅し、レアル・マドリードへの移籍を余儀なくされた。久保もバルセロナをFIFAのルールで退団せざるを得ず、結局レアル・マドリードへ移籍することになった。それぞれ17歳でトップリーグのピッチに立ち、そこからの成長速度は余人の想像を超える。

<プロサッカー選手としての逞しさ、もしくは野望>

"虎の目"は、自分との共通点を覚えるはずだ。

 しかし、久保がラウルと本当に似ているなら、ふたりの関係はそれほど長くは続かないだろう。

「コパ・アメリカのパフォーマンスで評価を高めた久保を、監督のジネディーヌ・ジダンはプレシーズンのアメリカ遠征に連れて行く」

 スペインの『as』紙はそう報じている。

 王者レアル・マドリードには「選手を育てる」ことなど念頭にない。久保は5年契約だが、1シーズン目が勝負になる。そこでトップに上がれないようなら、マルティン・ウーデゴールやセルヒオ・ディアスのように他のチームに貸し出される。そこでも目立てないなら、用無しだ。

 久保は、その厳しさを承知のうえで移籍を決めたのだろう。ちなみにラウルのカスティージャでの出場記録は、たったの1試合である。

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