ブラジルの名将スコラーリはどこで失敗したのか (2ページ目)
しかしながらブラジルW杯準決勝、フェリポン率いるセレソンは1-7と大敗した。では、名将はどこでしくじったのか。
常勝の指揮官の出発点は、実は"負けないこと"にある。
有り余る攻撃力を擁しながらも、指揮官はセレソンの強さの基本をディフェンスに置いていた。チアゴ・シウバ、ダビド・ルイス、そしてダンテという世界的センターバックと屈強なボランチたちによって、まずは相手にフットボールを好きにさせなかった。敵にペースを握らせないことは、自分たちの流れ。彼にとっては、必然的に試合の支配を意味していた。
一方、ドイツは"攻め勝てること"を哲学に2006年ドイツW杯の前から復権を目指してきている。エジル、クロース、ミュラーなど攻撃的なタレントを数多く用い、そのコンビネーションによっていかに点を取れるか。2010年W杯、EURO2012では守備面の未熟さをさらけ出して敗れたが、やり方を変えることはなかった。守備を切り崩す攻撃戦術が機能したとき、相手の心をへし折ることができた。
「誰がこのカタストロフィ(悲劇的な結末)の戦犯か、と問われたら。それは指揮官だ。つまり、メンバーを決めて送り出した私である」
フェリポンは記者会見ではっきりと語っている。
「前半の10分間(ドイツが2点目から5点目までをあげる間)で、我々はコントロールを失ってしまった。精神的パニックに陥ってしまったんだ。しかしドイツが偉大なチームで、ファンタスティックなプレイをしたことも認めなければならず、彼らは優れたスキルがあることを証明した。我々にとっては最低の試合で、彼らにとっては最高の試合だった。もしネイマールがいたら? あの10分間は彼がいても何もできなかっただろう」
フェリポンは、選手たちのフットボール能力を秩序と効率性の中で発揮させることに集中してきた。それは準々決勝までは成功していたと言える。しかしネイマールを故障で欠き、出場停止でチアゴ・シウバを欠いたとき、攻撃と守備の両方に風穴が開いてしまった。秩序と効率性に乱れが出たのだ。
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