2014.06.01

W杯の物語。ブラジルはなぜサッカー王国になったのか

  • サイモン・クーパー●文 text by Simon Kuper
  • 森田浩之●訳 translation by Morita Hiroyuki

【サイモン・クーパーのフットボール・オンライン】サッカー王国の真実(前編)

 1958年、まだ10代だったペレをはじめ数人の黒人選手を中心としたブラジル代表は、初めてワールドカップを制した。優勝を決めた後の光景を、ブラジルの劇作家ネルソン・ロドリゲスはこう書いた。

「小柄な黒人女性がいた。どこから見てもスラムの住人だ。ところがブラジルの勝利が彼女を変えた。通りを行く彼女は、ジャンヌ・ダルクのような魅力を振りまいていた。黒人の男たちも同じだった。輝くような彼らの姿はエチオピアの王族を思わせた」

 ブラジルは──と、ロドリゲスは書いた。「もう他の国に引け目を感じる雑種犬ではなくなった」

ブラジルの国民的英雄として現在も絶大な人気を誇るペレ(photo by Getty Images) フットボールはブラジルという国のアイデンティティーをつくるうえで、大きな役割を果たしてきた。加えてフットボールは、なかなか理解されにくいこの国を見つめるレンズとしても機能している。フットボールを通じて僕たちは、ブラジルの美しさと醜さ、そしてふつうなら見過ごされるブラジルの貧しい人々の生活を目にすることができる。フットボールはブラジルについて、何を明らかにしているのか。

 この問いへの答えを、今ほど見つけやすいときはない。ブラジルはワールドカップ史上最多の5度の優勝を果たしているが、今までこの国のフットボールについて英語で書かれた本は数えるほどしかなかった。本当に注目すべきものといえば、アメリカの女性社会学者ジャネット・レバーがブラジルのフットボールを社会学の視点から考察した『サッカーの狂気』(1983年)や、イギリス人ジャーナリストのアレックス・ベロスの傑作『フチボウ──美しきブラジルの蹴球』(2002年、邦訳はソニーマガジンズ刊)くらいだった。しかしブラジルでまもなくワールドカップが開かれる今、気がつけば、この国のフットボールを掘り下げた本があふれはじめた。