2012.12.21

【ドイツ】「それも含めていい経験」。長谷部誠が語った苦闘と復活

  • 了戒美子●文 text by Ryokai Yoshiko
  • 木場健蔵●写真 photo by Koba Kenzo

年内最終戦となったカップ戦、レバークーゼン戦で細貝とマッチアップする長谷部 現地12月19日に行なわれた国内カップ戦のDFB杯3回戦、ボルフスブルク対レバークーゼン。先制したレバークーゼンがそのまま逃げ切るかに見えたが、ボルフスブルクは逆転勝利に成功、4回戦に駒を進めた。開幕当初から考えると、前半戦の締めくくりは上々だったのではないか。

 序盤はチームも長谷部誠も苦しんだ。

 昨季末に移籍の意向を明言したものの、叶わなかったところから長谷部の苦境は始まった。チームに残留した彼を、マガト前監督はベンチ外に追いやった。時にはアマチュアチームで練習したことさえあったという。それでも長谷部は腐らなかった。チームが勝てていなかったから、自分にいつかチャンスが巡ってくると信じることができたのかもしれない。

 当時は珍しいことに試合後に取材を拒否するようなシーンもあった(ベンチ外になった試合であり、ミックスゾーンでの取材は義務ではないのだから、仕方がないといえば仕方がない。それでも普段であれば長谷部は積極的に取材に応えようとする)。どれほどの苦しみの中にあるかは想像に難くなかったが、それを乗り越えた。

 マガトが解任された後は全ての試合に先発出場。しかもマガト時代はサイドバックでの起用が多かったが、右MFという、長谷部らしい攻撃性も発揮できるポジションでの起用が増えた。前半戦を終えて彼の口から出てくる言葉は、非常に印象的だ。

「ポジションは右のアウトサイドがほとんどでしたけど、ボランチをやったり右サイドバックをやったりする中で、自分が生き残る道というか、やっていくべき道は、いろいろなポジションをやってチームを助けていくということだと思いました。そこの部分(複数ポジションをこなせるというストロングポイント)で監督に理解してもらって、最後の公式戦11試合も全部先発で出られたのだから、出てないときも含めて、いい経験だったかなと思います」