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【イングランド】フェルナンド・トーレスに何が起きているのか (3ページ目)

  • マーク・バーク●文 text by Mark Burke 森田浩之●訳 translation by Morita Hiroyuki
  • photo by Getty Images

 ふだんは観客の声など気にもならないが、今は違う。数万人の目が自分を見て、プレイの良し悪しを判断し、いつなんどき襲いかかってくるかもしれないと感じてしまう。選手は次を予想する。悪いほうの予想だ。またボールコントロールを誤り、ひどいパスを出し、最後の審判を仰ぐことになる……。ここにいるのは2万5000人のローマ皇帝。寛大な計らいなど期待できるはずもない。

 古代ローマのコロセウムと同じく、選手は群衆の娯楽のためにそこにいる。1週間の仕事を終えた人々が、日常をいっとき忘れるためにいる。人々の体にため込まれた緊張や欲求不満が、缶を開ける前にシェイクしたコカ・コーラのようにあふれ出す。フットボールのスタジアムは、群衆がそんな不満を口にでき、彼らを喜ばせられなかった者たちがこの不満の泡の力を感じる場だ。人々の期待にこたえられなかった者は誰であれ、フットボール的な死を覚悟する。

 もちろん、プロのアスリートならプレッシャーに耐えろという言い方もできるだろう。しかし、ひとたび自信をなくすとそうはいかない。ふつうのことが難しくなり、難しいことが不可能になる。今まで10億回は触ったはずのボールが、やけに重たい。ごくごく簡単なコントロールをするのにも、集中力をとぎすまさなくてはならない。

 この日のトーレスも、そんな状況だったのだろう。フットボール選手の人生は常に人目にさらされる。彼の仕事はいつも分析され、評価される。だが私たちが評価しているのは人間であって、ロボットではない。
 
 次にフットボールの試合を見るときに、選手たちはみんな羽を持っていることを思い出してみてほしい。少しでも傷つくと飛べなくなる羽があることを。

【プロフィール】
マーク・バーク
1969年、イングランド生まれの元サッカー選手。アストン・ビラ、ミドルズブラ、ウルバーハンプトン、フォルトゥナ・シッタート(オランダ)、大宮アルディージャなどでプレイ。現役引退後、ライターとして活躍

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