なぜ最年少ゴールは外国人監督のもとで生まれるのか 16歳・三井寺眞の衝撃が突きつけた日本サッカーの課題 (2ページ目)
【「石橋を叩いて...」の弊害】
この事実は、とても無視できるものではない。
一般的に、日本人監督はどうしても経験や実績を重視する傾向が強いように見える。減点主義のところもあって、「あいつは守備ができない」「まだまだ肉体的に弱い」「積み上げが必要」と、石橋を叩いてから渡ろうとする。一番いいポイントを切り取って、それが出せるタイミングで使う果断さには乏しい。長年染み込んだ丁稚奉公のような"修業が第一"の思考回路から抜け出せないのだ。
これは多くの日本人監督が、長くコーチとして下積みをしてから監督の座をつかむという人生経験も影響しているのかもしれない。選手の能力を直感的に見極めるべきところで、明らかに後れを取っている。演繹的な思考で「若さ=経験のなさ=試合出場はまだ早い」という三段論法を成立させ、一般的事実を個別事項に当てはめてしまう。仮説や検証を怠り、積極的なイノベーションを起こせないのではないか。
優れた外国人監督は「経験がないなら、どうやって経験をつけさせる?」と、単純明快な理屈を持っている。一方、多くの日本人監督は「時が熟すまで起用できない」と意地を張りがちだ。もしくは何の思慮もなく「若いだけ」で起用して失敗するようなケースもある。
「日本人は人間関係のしがらみが影響してしまうから難しい」
そういう言い訳があるのだとしたら、そんなリーダーは即刻、解任すべきだろう。監督の仕事はチームの勝ち筋を見出し、合理的に戦わせることにある。非合理的な観念がはびこっている時点で敗者だ。
有能な監督は、戦略を立て、戦術を用いる。その過程で必要な選手がいたら、年齢にかかわらず抜擢する。シンプルな理屈だ。
だからこそ選手もそこでやるべきことがわかるし、同時に、自分ができないことも肌で感じられる。確固たる仕組みのなかであれば、然るべき経験も積めるのだろう。
たとえば横浜FM時代の久保のように、すぐ定着しなかった例も少なくない。しかし久保がそうだったように、必要なものに気づいた選手は、自らを環境に合わせて強化することができる。そこで成長の爆発も起こるのだ。
2 / 3


