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【Jリーグ】ACLの戦いでやはり気になる助っ人外国人の存在 日本でもワールドクラスがプレーする時代があった (4ページ目)

  • 後藤健生●文 text by Takeo Goto

【古くは日系ブラジル人から】

 さて、Jリーグ発足前の日本サッカーリーグ(JSL)時代から、日本にはブラジル人選手がやって来ていた。最初はネルソン吉村、ジョージ小林(ヤンマーディーゼル、現セレッソ大阪)、ジョージ与那城(読売サッカークラブ、現東京ヴェルディ)といった日系人選手。その与那城が呼び寄せて、のちに読売(ヴェルディ川崎)や日本代表の中心選手となったのがラモス瑠偉だった。

 しかし、これらの選手はいずれもブラジルではまったく無名の選手たちだった。例外は1972年に来日したセルジオ越後(藤和不動産、現湘南ベルマーレ)。コリンチャンスの元プロ選手だった。

 そして、1987年にはオスカー(日産自動車、現横浜F・マリノス)がやって来た。ブラジル代表としてW杯に3度も出場したワールドクラスの選手だった。

 そして、JSL時代の最後にやって来たのが住友金属(現、鹿島アントラーズ)に入団したジーコだ。

 当時の住金はJSLの2部で戦っていた。

 ある時、東京ガス(現、FC東京)との試合を観戦に行ったことがある。会場は横浜市金沢区にあった東京ガスのグラウンド。芝生の上に申し訳程度の仮設スタンドがあり、近くの小学校の生徒が100人ほど観戦に訪れていた。

 そんなグラウンドで、あのジーコが本気でプレーしているというシュールな光景を見て、僕は驚愕したものだった。

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著者プロフィール

  • 後藤健生

    後藤健生 (ごとう・たけお)

    1952年、東京都生まれ。慶應義塾大学大学院博士課程修了(国際政治)。1964年の東京五輪以来、サッカー観戦を続け、1974年西ドイツW杯以来ワールドカップはすべて現地観戦。カタール大会では29試合を観戦した。2025年、生涯観戦試合数は7700試合を超えた。主な著書に『日本サッカー史――日本代表の90年』(2007年、双葉社)、『国立競技場の100年――明治神宮外苑から見る日本の近代スポーツ』(2013年、ミネルヴァ書房)、『森保ジャパン 世界で勝つための条件―日本代表監督論』(2019年、NHK出版新書)など。

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