「ひとつやり残したことと言えば...」ポジティブ思考の槙野智章が現役生活で叶えられなかったこと
槙野智章インタビュー(中編)
◆前編はこちら>>「ネットで書かれるのは、まったく何も感じない」
浦和レッズでの10年間を「濃厚な時間だった」と槙野智章は振り返る。その間、Jリーグカップや天皇杯のタイトルをチームにもたらし、ACL制覇という大仕事も成し遂げた。
日本代表では徐々に出場機会を増やし、2018年ロシアワールドカップのメンバーに選出。西野ジャパンを支えてベスト16進出に貢献した。
サッカー選手として多くの夢を叶えてきた男に、やり残したことはあるか聞いてみた。
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17年間のプロ生活を振り返る槙野智章この記事に関連する写真を見る── 17年のサッカー選手生活を振り返ると、2018年のワールドカップに出たことはキャリアのなかでのハイライトのひとつですよね。
「夢でしたからね。本当にあの時期は、狂ったようにトレーニングをしていましたよ。ロシアワールドカップまでの4年間は、周りからも心配されるほどストイックな生活を送っていました。
ロシア大会が終わってから、奥さんにも言われましたから。あの時は本当に止められなかったって(笑)」
── どんな生活を送っていたのでしょう?
「チームの練習が終わってから、パーソナルジムをはしごしたり。もちろん食事もそうだし、睡眠もそう。とにかくサッカーがうまくなる、強くなることだけを考えて、ずっと過ごしていました」
── その結果として出場できたワールドカップはどういったものでしたか?
「ほんと、一瞬でしたね。試合に出られたことはもちろんよかったですけど、それ以上に出るまでの準備の時間を僕は誇らしく思っています。やっぱり、ワールドカップに出るという夢を叶えるために、どういうふうに向き合えたかが大事だと思うんですよ。
引退したあとに『俺はワールドカップに出たんだよ』と言うのは簡単なことだけど、出るために何をしたのかというのは、そこに向き合った人じゃないと伝えられないこと。そこは自分にとって自信になったし、あの時の自分に『頑張ったね』と言いたいですね(笑)」
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著者プロフィール
原山裕平 (はらやま・ゆうへい)
スポーツライター。1976年生まれ、静岡県出身。2002年から『週刊サッカーダイジェスト』編集部に所属し、セレッソ大阪、浦和レッズ、サンフレッチェ広島、日本代表などを担当。2015年よりフリーランスに転身。