鹿島アントラーズの荒療治は吉か凶か。シーズン途中での監督交代の意外な歴史 (2ページ目)

  • 浅田真樹●文 text by Asada Masaki
  • photo by Getty Images

 しかしながら、鹿島に目立つのは、その手当ての早さ。シーズン途中で監督交代があったとしても、結果としてそれほど悪い成績には終わっていないのである。

1994年=3位(2ステージ制)
1998年=優勝(2ステージ制)
1999年=9位
2015年=5位(2ステージ制)
2017年=2位

 例えば、1998年のことだ。過去2年で3つのタイトル(1996年Jリーグ、1997年ナビスコカップと天皇杯)をもたらしたジョアン・カルロス監督が、選手との確執を理由にファーストステージ途中で突如辞任。関塚隆監督代行を挟み、ゼ・マリオ監督が就任すると、ファーストステージの5位から一転、セカンドステージでは優勝を遂げ、チャンピオンシップも制して年間優勝を手にしている。

 また、2015年はファーストステージで8位に終わると、セカンドステージ第3節を終えたところでトニーニョ・セレーゾ監督を解任。第4節から石井正忠監督が指揮を執り、セカンドステージだけで言えば2位まで順位を上げただけでなく、ナビスコカップを制している。

 唯一下位に沈んだままシーズンを終えたのは1999年だが、ファーストステージ9位でJ2降格の危機さえあったことを考えれば、主力に負傷が相次ぐなか、セカンドステージ6位まで巻き返したことはさすがの底力である。

 四半世紀を超えるJリーグの歴史においては、こうした素早く、かつ的確な手当てが、鹿島を常勝軍団たらしめた、と言ってもいいのだろう。

鹿島アントラーズの新たな指揮官となった相馬直樹監督鹿島アントラーズの新たな指揮官となった相馬直樹監督 さて、今回新たに鹿島を指揮するのは、相馬直樹監督。現役時代には左サイドバックとして鹿島の黄金期を支えたレジェンドであり、その意味では、代々受け継がれてきた"ジーコイズム"の正統な継承者である。

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