2019.08.26

トーレス現役最後の日々。ゆっくり
コーヒーが飲めるのを楽しんでいた

  • 小宮良之●文 text by Komiya Yoshiyuki
  • 藤田真郷●写真 photo by Fujita Masato

 8月23日のヴィッセル神戸戦で引退したフェルナンド・トーレスとは、何者だったのだろうか。

 アトレティコ・マドリード、リバプール、チェルシー、ミランなど名だたるビッグクラブに所属。リバプール時代には、クリスティアーノ・ロナウド(当時マンチェスター・ユナイテッド)と得点王やバロンドールを争った。スペイン代表としても、ユーロ2008、2012で欧州を連覇し、2010年南アフリカワールドカップでは世界王者に輝いた。

 2018年7月、トーレスはJ1サガン鳥栖に鳴り物入りで入団している。

 約1年プレーし、35試合出場、5得点だった。選手の評価材料は数字だけではないが、ストライカーはゴールが問われる。リバプール時代に世界を席巻したトーレスは、4シーズンで80得点以上を叩き出していた。

 鳥栖・トーレスを振り返る。

引退セレモニーで家族とともに写真撮影に応じるフェルナンド・トーレス「決勝点を決めるまでのシュートは”当たって”いなかった。その苛立ちで看板にボールを蹴りつけていた。あなたのような選手でも重圧を感じるものなのか?」

 2018年シーズン、第33節の横浜F・マリノス戦後、筆者はトーレスにそう投げかけている。トーレスはこの試合で決勝点を決めていた。それだけに、最初は不機嫌そうな顔になったが、いくつか質問をぶつけるうちに胸襟を開いた。

「(1部)残留争いは、自分にとって人生で初めての経験だから。このプレッシャーは新しいものだよ。降格をしないように戦う、というのはね」

 トーレスは新しい環境に適応する苦しさを吐露した。

 新しいリーグのリズムは、それまでと大きく違った。生活習慣や道徳観念など、細かな差はストレスを生む。FWはパスの受け手として周りと合わせる必要があるが、語学を含めた意思疎通のずれを合わせるのは簡単ではない。膝も以前のように動かなかった。あげくの果てに、残留争いを戦うチーム状況も未体験。優勝を争って繰り広げる戦いとは、異なる種類のストレスがあった。

 皮肉にも、トーレスが一番の衝撃を与えたのは、感覚だけでプレーしていた入団から1カ月の間だった。ハイライトは2018年8月のガンバ大阪戦で、1ゴール2アシスト。人の群れにドラキュラが舞い降りたかのようだった。ボールを呼び込み、収め、前に踏み出す。その迫力は世界標準のスケールを感じさせた。