2018.04.19

フリューゲルス消滅、アツは
「天皇杯で優勝すれば…」と奇跡を信じた

  • 佐藤 俊●取材・文 text by Sato Shun
  • 佐野美樹●撮影 photo by Sano Miki

私が語る「日本サッカー、あの事件の真相」第5回
横浜フリューゲルス消滅の舞台裏~三浦淳寛(2)

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「横浜フリューゲルス、消滅」という衝撃的なニュースが流れたのは、1998年10月29日だった。その騒動の渦中にありながら、フリューゲルスは10月31日、セレッソ大阪との試合をこなした。

 その翌日の11月1日、午後6時。横浜駅西口には、山口素弘、薩川了洋(さつかわ・のりひろ)、三浦淳寛(※現役時の登録名は三浦淳宏)、楢崎正剛ら横浜フリューゲルスの選手、24名が集まった。

「合併反対の署名をお願いします!」

 選手たちは数人ずつに分かれて呼びかけた。

「合併反対」の署名が活動を行なったフリューゲルスの選手たち。photo by Kyodo News 

 フリューゲルスの横浜マリノスへの吸収合併――。

 愛すべきチームがなくなるのをこのまま黙って見ていていいのか。何かせずにはいられない――フリューゲルスの選手たちは、まずは駅前で署名活動を行なうことにした。

 選手たちの姿を見て、多くの人たちが驚き、足を止めて署名をしてくれた。やがて、人垣ができて、その輪は徐々に大きくなっていった。

「うれしかったですね。小さなスタートだったんですが、こういうことを積み重ねていって『合併を撤回させるぞ!』って気持ちがたかぶりました」

 三浦は声を張り上げて、道行く人に声をかけた。