名良橋晃がジョルジーニョから継ぎ、内田篤人に渡した「2」への思い (2ページ目)
「今も鹿島が好き」と言ってはばからないOB名良橋晃 しかし今、鹿島が抱えているジレンマは、「やれるはずのことができない」というものだろう。やろうとしていること、できることを信じているから、「気持ち」という部分が課題となって残る。「気持ち」で、勝利を奪ってきた実績があるからこそ、そう思うのだ。精神力は鹿島の強みという自信が彼らを支えてきた。その歴史は重い。
「全員の得点だし、全員の失点」
湘南戦後の鈴木優磨の言葉が胸に響く。
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西大伍、金崎夢生、山本修斗、三竿雄斗......。鹿島に移籍加入した選手たちが代表入りを果たす姿に名良橋晃は、目を細める。かつての自分の姿を彼らに重ねているのだ。高卒や大卒ルーキーなどの生え抜き選手の活躍が目立つ鹿島において、1997年にベルマーレ平塚から加入した名良橋は、移籍獲得の先駆けといえる存在だった。彼もまた、日本代表復帰を移籍理由に挙げていた。
――今年、東京ヴェルディから移籍加入した安西幸輝選手が鹿島を選んだ理由を「3人のサイドバックの日本代表がいるチーム。ここで活躍できれば代表に一番近いと思った」と話していました。
「そうですか。実際そうなんですよね。僕が鹿島入りを熱望したのも、鹿島でレギュラーになれば、代表復帰できると思ったから。今も僕と同じような気持ちで鹿島へやってくる選手がいるというのは、OBとしてもうれしいですね。
サイドバックに限らず、長年、数多くの代表を輩出している鹿島ですが、海外へ移籍する選手も少なくない。そういう意味では選手を育てるというサイクルが早くなっているので、生え抜きだけでなく、移籍加入で選手を補強しなければならない時代だと思います」
――そういう意味では、鹿島イズムというか、勝利へのこだわりという部分を選手の意識に植えつけていくという作業のスピードも求められるわけですね。
「ですね。選手個々の力をどうチームとしてまとめていくのか? 今どう戦うのかという意識を共有する必要があると思います」
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