2016.07.08

甲斐修侍と歩んだフットサルの歴史
「教科書も何もなかった」

  • 河合拓●取材・文 text by Kawai Taku
  • 高須力●撮影 photo by Takasu Tsutomu

 ペスカドーラ町田のFP(フィールドプレーヤー)甲斐修侍は、今シーズンかぎりで20年にわたるフットサル選手のキャリアにピリオドを打つことを決断した。彼がフットサルを始めた当時は、まだ「フットサル」という競技名も浸透していなかった。

  そんな時代から、なぜ甲斐はフットサルをプレーし続けたのか。また、全国に名を轟(とどろ)かせた「カスカヴェウ」の中心選手でありながら、一度も招集さ れることがなかったフットサル日本代表についての想い、さらに今後の自身と日本フットサル界についても語ってもらった。

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日本フットサル界の歴史を最前線で歩んできた甲斐修侍

甲斐修侍インタビュー@後編

「フットサル」という競技にハマったのは、1998年のことです。それまでもフットサルが特別で、ものすごく楽しい競技で、入っていけばいくほど奥行きがあるのは感じていました。ただ、最初に「フットサルとサッカーはまっ たく違うものだぞ」と感じたのは、1998年に「リーガ天竜」という民間リーグに行き始めたころです。

 当時、俺たちがやっていたものは 「フットサル」と呼べるものではなく、「ミニサッカー」でした。それでも、そのメンバーで大会に出たら、サッカーのスキルだけで勝てていたんです。そんな ときにリーガ天竜に参戦したら、フットサル専門でやっている日系ブラジル人のチームがいて、対戦したときに衝撃を受けました。

 そこから、「真剣にフットサルに取り組もう」としたのですが、当時は教科書が何もありません。サロンフットボールをやっていたという人を監督にして練習をしていたのですが、何が正しいのか、何が間違いなのかわからないまま、言われたことをやっていたんです。