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【サッカー日本代表】後藤啓介「『最初の5試合』で結果を残さないと」新天地での初ゴールの裏にあった"滑り出し"へのこだわり (3ページ目)

  • ミムラユウスケ●取材・文 text by Yusuke Mimura

【「啓介、そこは本当に良いポジションなのか?」】

 そして、元日本代表FW高原直泰氏の記録を25年ぶりに更新する、クラブ史上最年少ゴールを決めた。にもかかわらず、ガッツポーズはしなかった。チームが0-3とリードを許していたからだ。3分後には高い打点のヘディングで2点目を奪い、鮮烈なJリーグデビューを飾ったのだが、その新人らしからぬ振る舞いは、今もファンの語り草になっている。

「今でも、皆さんに言ってもらえるくらいなので。やはり、滑り出しはすごく大事ですよね」

 2030年ワールドカップへの長い道のりの出発点となったフライブルクは昨季、ヨーロッパリーグで準優勝、ドイツ杯でベスト4、ブンデスリーガでは7位の成績を残している。そんなクラブに来て、後藤が最も大きな手ごたえを感じているのは、自身の滑り出しについてではない。

「こういうクラブは、なかなかないですよ。若いうちにこれだけの『基礎』を求められるクラブに来られて良かったと感じています。ここで求められることをしっかりやっておけば、将来、どのクラブに行っても活躍できると思うので」

 後藤の言う「基礎」とは、なんなのか。

 フライブルクに来て早々、ユリアン・シュスター監督から思わぬ指摘をされた。

「啓介、そこは本当に良いポジションなのか?」

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 ちなみに、連載タイトルの「サッカー日本代表・後藤啓介のROUTE42 ~GO TO 2030~」には、さまざまな意味が込められている。

 まずはプロデビューを果たしたジュビロ磐田以来、すべてのクラブで着用する「背番号42」への思い。
 
 そして、「GO TO 2030」には、4年後のワールドカップに向けた熱い意気込みのほか、「後藤」=「GO TO」との言葉遊びも仕込まれている。

 さらに、「ROUTE42」=「国道42号」との不思議な縁も。なんと、この国道、後藤の出身地である静岡県浜松市中央区を起点とし、サッカー日本代表のエンブレムに描かれている「八咫烏」の神話ゆかりの地、紀伊半島の三重県熊野市などを通っているのだ!

 これから約4年間にわたって、日本サッカーの未来を託された次世代エースの"リアル"に迫り、2030年ワールドカップに向けた歩みを克明にお伝えしていく。

中編>>>後藤啓介「監督が"怒ってくれる"」 絶好調フライブルクに根づく"サボらない哲学"

【プロフィール】

◆後藤啓介(ごとう・けいすけ)

2005年6月3日生まれ、静岡県浜松市出身。ドイツ1部リーグのSCフライブルク所属。ジュビロ磐田U-18から2種登録でトップデビューし、2023年のJ2開幕戦で17歳260日のクラブ最年少得点記録を樹立。2024年にベルギー1部リーグのアンデルレヒトへ移籍し、同1部リーグのシント=トロイデンでの飛躍を経て、今季からドイツ・ブンデスリーガに挑戦中。2026年の北中米ワールドカップでは最年少で日本代表メンバー入りを果たし、エースナンバーの背番号「9」を託された。これまで所属したすべてのクラブで背番号「42」を着用している。

著者プロフィール

  • ミムラユウスケ

    ミムラユウスケ (みむら・ゆうすけ)

    スポーツライター。2006年7月に活動をはじめ、2009年1月にドイツへ渡る。ドルトムントやフランクフルトに住み、ドイツを中心にヨーロッパで取材をしてきた。Bリーグ開幕日の2016年9月22日より拠点を再び日本に移す。『NumberWeb』での連載は2009年7月から続いている。近刊に執筆・構成を務めた香川真司「心が震えるか、否か」。著書に「千葉ジェッツふなばし 熱い熱いDNA」や「淡々黙々。」(内田篤人氏と共著)、横浜ビー・コルセアーズの「海賊をプロデュース」(木村剛氏と共著)がある。岡崎慎司の著書「鈍足バンザイ!」の構成も手がけた。

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