【サッカー日本代表】後藤啓介「監督が"怒ってくれる"」 絶好調フライブルクに根づく"サボらない哲学" (3ページ目)
【"フライブルク哲学"を体現する振る舞い】
「彼らが何年もかけてやってきたことが私は好きだ。フライブルクについて分析すればするほど、理解すればするほど、筋が通っていると感じる。普通、サッカーの世界では、そのようなことを実現するのは難しい。そのための時間はなかなか与えられないのだから」
フライブルクでは、2011年12月から12年半にわたってクリスティアン・シュトライヒ監督がチームを率いた。2024年夏にその後を継いだのが、選手として同クラブで10年を過ごし、シュトライヒのもとで5年間キャプテンを務めたシュスターだ。彼らを束ねるSD(スポーツダイレクター)のクレメンス・ハルテンバッハは2013年から、その上にいるGM(正式な役職名はスポーツ部門取締役) のヨヘン・ザイアーも2014年から現職だ。
後藤も移籍するにあたって、そういう部分に惹かれた。
「アカデミーがしっかりしていて、育成が良い。監督やSDの交代も少ないというところに魅力を感じました」
そんなクラブらしいエピソードがある。前編で触れた、後藤にとってのデビュー戦となったマザーウェルとの試合後の記者会見でのこと。シュスター監督は初ゴールを決めた後藤について言及したのだが、その内容がドイツでは大きな話題になった。
「後藤は新しいクラブで初めてプレーし、ゴールも決めた。多くの選手はSNSを更新することに夢中になるところだろう。でも、彼は試合後のベンチを片付けていたんだ! この行動が多くのことを物語っている」
指揮官は、さらに言葉を重ねた。
「ゴールそのものを見せる以上に、試合後にどのような振る舞いをしていたかを見せることのほうが重要なこともある。後藤が見せたのは模範的な姿だ。彼にも伝えたが、彼の振る舞いを収めた写真を育成アカデミーに飾るべきだと私は考えている」
もちろん、後藤の振る舞いがたたえられたのは、これが初めてではない。今夏のワールドカップでも、試合中にピッチの仲間へ水を運ぶ姿が話題になったのは記憶に新しい。
しかし――。後藤の考えはこうだ。
「いつもやっていることなのに......という感じです」
では、なぜ「いつも」なのか。
後藤の答えは、美談とは少し違うところにあった――。
後編>>>後藤啓介が描く、2030年ワールドカップへの道筋「今は上田選手が圧倒的な存在ですけど...」
【プロフィール】
◆後藤啓介(ごとう・けいすけ)
2005年6月3日生まれ、静岡県浜松市出身。ドイツ1部リーグのSCフライブルク所属。ジュビロ磐田U-18から2種登録でトップデビューし、2023年のJ2開幕戦で17歳260日のクラブ最年少得点記録を樹立。2024年にベルギー1部リーグのアンデルレヒトへ移籍し、同1部リーグのシント=トロイデンでの飛躍を経て、今季からドイツ・ブンデスリーガに挑戦中。2026年の北中米ワールドカップでは最年少で日本代表メンバー入りを果たし、エースナンバーの背番号「9」を託された。これまで所属したすべてのクラブで背番号「42」を着用している。
著者プロフィール

ミムラユウスケ (みむら・ゆうすけ)
スポーツライター。2006年7月に活動をはじめ、2009年1月にドイツへ渡る。ドルトムントやフランクフルトに住み、ドイツを中心にヨーロッパで取材をしてきた。Bリーグ開幕日の2016年9月22日より拠点を再び日本に移す。『NumberWeb』での連載は2009年7月から続いている。近刊に執筆・構成を務めた香川真司「心が震えるか、否か」。著書に「千葉ジェッツふなばし 熱い熱いDNA」や「淡々黙々。」(内田篤人氏と共著)、横浜ビー・コルセアーズの「海賊をプロデュース」(木村剛氏と共著)がある。岡崎慎司の著書「鈍足バンザイ!」の構成も手がけた。
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