中田英寿の「井原」呼び捨て伝説 サッカー日本代表の生き証人・井原正巳が語る1998年ワールドカップの真実 (2ページ目)
【3戦全敗も手ごたえはあった】
今となっては信じがたいが、当時の日本代表はワールドカップ前の強化試合を国内でしかこなしていなかった。「キャンプに行って、向こうで何試合かやったらもうワールドカップ本番って感じで、本当にその準備でいいのか、疑問はあった」と井原は振り返る。
メンバー選出についても、「フランスに入ってから3人が落ちないといけないという形で最後のキャンプまで行くのか? という問題もありました」と井原は振り返るが、「それも何が正解かわからない状況だった」と言う。
初戦のアルゼンチン戦で敗れたものの、井原は「悲観するような内容じゃない」と感じていた。
つづくクロアチア戦もチャンスを作りながらも敗れ、2連敗でグループステージ敗退が決定。それでも「自分たちのサッカーを世界で表現できたのかな」と手ごたえはあったと語り、初出場の意義を強調した。
また、ジャマイカ戦でも負けたことについては「消化試合ではあるけど、ワールドカップで勝ち点を取るのと取らないのでは、まったく違う」と悔しさをにじませた。「(当時のジャマイカ代表の選手は)半分以上がプレミアリーグ(など欧州リーグ)でやっていたので、局面のうまさや強さはあった」と相手の質の高さも認めた。
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