谷口彰悟が欧州デビューでコンディション最悪だった理由「VISAが発行されず......」 (3ページ目)
【サッカーをしなければ戻らない感覚はある】
── その過程と苦労を聞き、開幕戦を欠場した理由も、第2節で途中出場だったことも理解できました。コンディションを含め、調整するのは大変だったのではないでしょうか?
「状況を説明するために、淡々と話しましたけど、身体も、メンタルも、かなりキツかったですね。日本国内ならばわかることも、国をまたぐと、それぞれルールも異なります。僕自身もわからないことが多く、誰に聞けばいいのか、何をすればいいのか、思いどおりにいかないことも多かったので。そこは国際移籍の難しさに直面した気がします。
ただこれは、国をまたいだ制度や仕組みの問題なので、誰が悪いとか、何かが悪いということでは決してない。だから、何かに怒ったりするような感情も、誰かに苛立ちをぶつけることもありませんでした。ただただ、やることが多すぎると困惑はしましたけど。
7月はまるまる、そういった手続きに時間を費やしていて、練習もジムでひとり、やるしかほかなかった。今回、連載だからこそ経緯を話すことができ、いい機会になりました」
── シーズン開幕に向けて、チームで練習しながら、徐々にコンディションを上げていくプレシーズンに、ひとりで練習しなければならない状況もまた過酷だったのでは?
「最後にプレーした試合が、日本代表として戦った6月6日のミャンマー戦で、そこからシント・トロイデンの練習に合流するまでが約2カ月。それだけの期間、ほぼボールを蹴っていなかったですからね。ケガ以外で、これほどサッカーから離れた機会はなかったし、やりたくてもやれない状況は歯がゆく、不安もありました。
ここからシント・トロイデンでのプレーや試合についての話をさせてもらえればと思いますけど、この年齢で、プレシーズンをまるまるやらずにシーズンインする大変さ、過酷さは、今回、自分の身体で実感しました。
それくらい、ピッチに立った時の自分のコンディションには落胆しましたから。ジムなどで身体は動かしていましたけど、やはりサッカーをしなければ、戻らない感覚があることを痛感しました。身体的にも、精神的にも、厳しい1カ月間でした」
◆第24回・特別インタビュー後編につづく>>
【profile】
谷口彰悟(たにぐち・しょうご)
1991年7月15日生まれ、熊本県熊本市出身。大津高→筑波大を経て2014年に川崎フロンターレに正式入団。高い守備能力でスタメンを奪取し、4度のリーグ優勝に貢献する。Jリーグベストイレブンにも4度選出。2015年6月のイラク戦で日本代表デビュー。カタールW杯スペイン戦では日本代表選手・最年長31歳139日でW杯初出場を果たす。2023年からカタールのアル・ラーヤンSCでプレーしたのち、2024年7月にベルギーのシント・トロイデンに完全移籍する。ポジション=DF。身長183cm、体重75kg。
著者プロフィール
原田大輔 (はらだ・だいすけ)
スポーツライター。1977年生まれ、東京都出身。サッカー専門誌『ワールドサッカーグラフィック』の編集長を務めたのち独立。Jリーグを中心に取材し、各クラブのオフィシャルメディアにも寄稿している。主な著書に『愛されて、勝つ 川崎フロンターレ「365日まちクラブ」の作り方』(小学館クリエイティブ)など。
【写真】谷口彰悟のポジションは?サッカー日本代表「識者が考察した」アジア最終予選のベスト布陣
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