「ドーハの悲劇」をベンチから見た澤登正朗 イラク戦は「自分が呼ばれると思ったら...」

  • 佐藤俊●取材・文 text by Sato Shun
  • photo by Kyodo News

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 昔、一緒に練習をしたことがあったんですけど、キレが違うなって思いました。大事な試合でしっかりゴールを決められるのは、ブラジルでの経験が大きかったと思いますし、"エース"としての強い自覚があったからだと思います」

 澤登はこの時、カズの決定力、イラン戦、北朝鮮戦と2試合連続でゴールを決めた中山のラッキーボーイ的な存在がチームに勢いを与えたと思っていたが、それでもチームの中心はラモス瑠偉だと見ていた。

 北朝鮮戦でも、ラモスは鬼気迫るプレーで相手を翻弄。味方を鼓舞し、攻撃では終始チームをリードしていた。澤登はその姿を見て、ラモスとの距離は「まだ遠いな」と感じた。

 澤登は当時、「ラモスの後継者」と言われ、一時はポジションを奪いそうな勢いを見せた。だが、最終予選では控えに回り、出場機会が訪れることはなかった。

「ラモスさんのゲームを作る能力、コントロールする力はかなりすごかった。仲間から信頼されているからこそ、ボールが集まってくるんです。僕もラモスさんのようにゲームをどうコントロールするかっていうのを求められていたんですけど、ラモスさんほどの力がなかった。

 また、ラモスさんはメンタルも強くて、少しでも気が緩んでいる選手がいたら『ふざけんなよ』と怒鳴りつけていました。僕もハーフタイムで怒られないようにしようって、いつも思っていましたね。そういうなかで、僕はラモスさんと同じことをするのではなく、セカンドストライカーの役割を果たすとか、自分ができることをやろうと思っていました」

 カズとラモスというエースと大黒柱が活躍し、中山という新たなスターが登場。翌日から、昼間に走っていた面々から中山の姿が消えた。中山はサブからレギュラーへと一気に階段を駆け上がり、日本の躍進のシンボル的な存在になっていた。

 北朝鮮戦に勝利し、チームのムードがガラリと変わったことを澤登は感じていた。

「あの勝利はすごく大きかった。また、上位2チームに入る戦いに戻れたので、次の韓国戦に向けてすごくいいムードで入っていけたことを覚えています」

 4戦目の相手は、韓国。国際大会でことごとく日本の前に立ちはだかってきた宿敵だ。澤登もバルセロナ五輪予選で韓国に苦杯をなめ、その強さはよく知っていた。

「当時の韓国は、うまくて強かった。勝つ確率は低いと思いながらも、誰もが韓国を倒さなければアメリカには行けないと思っていました。そうした状況にあって、北朝鮮に勝った勢いがあったので、気分的に乗ったまま試合に臨めたのは大きかったと思います」

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