楢﨑正剛はベルギー戦後、トルシエ監督にこっぴどく怒られた。「ケチョンケチョンに言われた。だけど...」

  • 原山裕平●取材・文 text by Harayama Yuhei
  • photo by AFLO

2002年がベストではなかった

 トルコにやられた感覚はあまりなかった。ただ、悔やまれるのはCKから奪われた失点シーンである。

「今振り返ると、宮城への移動があって、雨も降っていて、雰囲気的にちょっと緩い感じはあったのかなと。

 もちろん、ワールドカップの決勝トーナメントという緊張感は変わらずあったんですけど、ミスからCKになって、CK自体も守りきれるはずだったのに、簡単にやられてしまった。役割は明確だったし、4年間積み上げてきたものがあったはずなのに、あの場面ではそれをうまく発揮できなかったと思います」

 いい流れで突破したにもかかわらず、あの試合ではグループステージでほぼ固定されていたメンバーとフォーメーションが変更されていた。試合後、CKからの失点はその影響があったのでは、という指摘もあった。

「勝てば"マジック"ってなるし、負ければそういうふうに言われてしまうのはしょうがないこと。監督としては大きな賭けだったかもしれないですけど、リスクを負ってでも、勝つための策を取ったんだと思います。

 反面、『うまくいっていたのにな......』という気持ちも、もちろんあったんですけど、そこに対して言い訳にすることはあの時もなかったですし、今もありません」

 4年前に叶わなかったワールドカップのピッチに立つという夢を実現させた楢﨑は、2006年、2010年のワールドカップメンバーにも選出された。しかし、4大会連続のメンバー入りという偉業を成し遂げたものの、結果的にピッチに立ったのは2002年のみだった。

 現役を退いた今、あの日韓大会は楢﨑のキャリアにどのような影響を与えたのだろうか。

「サッカーをしている人からしてみれば、最高峰の舞台ですし、誰もがそこを目指してやっていると思います。その景色を見られたことはすごくうれしかったですけど、足りないものを感じた大会でもありました。いろんなものが見つかって、そこから先に向けてまた頑張ろうと思えたのは、大きかったと思います。

 ただ、本当は1回と言わず、2回、3回とそのピッチに立ちたかったんですが、それが叶わなかったというのは、心残りですね。自分のキャリアを振り返った時、2002年が決してベストというわけじゃなかったと思うので。

 一番成熟したなかでワールドカップに出るというのは、願っていたところではあるんですけどね。そう考えると、うまくいったように見えて、うまくいかなかったことのほうが多かったなって。もう、後悔だらけですよ(笑)」

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