鮫島彩が語る10年前のなでしこW杯優勝。絆を深めた「恐怖」のミーティング (3ページ目)
「私はDFなので、守備陣だけでミーティングをかなりやっていたんですけど、そこで資料として見るのが相手のストロングポイントだけを集めた"恐怖映像"なんですよ。しかも(自分たちよりも強いであろう)外国人チームがやられているモノ。『これウチらのスピードだったらどうなるんだ』って......。
縦のラインで組んでいた宮間あやとは、たくさん話し合った 映像終了後は固まって絶句してました。そこからの、『え~っと、これが起きたら......』と近賀(ゆかり)さんの言葉で打開策を練り始める。そりゃもう必死に。一つひとつみんなで意見を出しながら一応全部に答えを出すんです。じゃないと震えて眠れないので(笑)」
なでしこジャパンがW杯を勝ち上がっていくストーリーの裏には、こういった"恐怖の共有"があったのだ。
「ワールドカップの直前にアメリカとの親善試合があって、ヘザー・オライリーに自分のところで2回抜かれて、そこから2失点したんですよね。そのとき『これは無理! この人に対応できない』って思ったんです」
それがきっかけで鮫島は、より選手間ミーティングに重きを置いていく。必ずW杯本番でも同じ場面は訪れる。そこをどう攻略するかをみんなで考えたときに、全員で対応していくしかないという答えに至った。
「自分はサイドをえぐられることだけは絶対に防ぐ! それでもクロスを上げられたときのゴール前のポジションを"ここには誰"って細かく決めていったんです。(W杯)直前にやられた2シーンがあってよかったと心底思いました」
ここまで話し合ったことで構築された連動性について、当時「対戦相手は日本守備陣をゾンビだと思っているに違いない」と選手たち自身が語っていた。何度抜かれても次々と味方がカバーしてプレスに加わるなでしこの守備は、ここから生まれた。
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