2020.11.14

パナマ戦苦戦の原因は指揮官にあり。
初歩的なことが徹底されてない

  • 杉山茂樹●文 text by Sugiyama Shigeki
  • 日本サッカー協会●写真 photo by JFA

 パナマに1-0。得点はPK(後半16分)で、さらに後半33分には相手のGKが主審から赤紙を提示されるラッキーに恵まれての勝利だった。パナマがW杯で決勝トーナメントを戦うレベルにある国なら、それなりに喜ぶべき試合かもしれないが、そうでない場合はどう評価するべきか。格下と捉えるなら喜ぶべきではない試合。苦戦、あるいは辛勝だ。評価は自ずと厳しくなる。

南野拓実がPKを決めからくもパナマに勝利した日本代表 日本がパナマに対して内容的に勝ったのは後半から。前半は苦戦というより大苦戦だった。40対60。贔屓目に見ても45対55だった。もし相手がW杯でベスト16入りを競うようなチームなら、30対70になっていても不思議はない。必要以上に劣勢を強いられていただろう。日本代表は本来の力が半分も発揮できていなかった。

 いいサッカー、魅力的なサッカーでもなかった。「布陣、メンバーを変えてトライした」とは、森保監督の試合後の弁だが、何か新しいテーマに特段、チャレンジしている感じもしなかった。

 日本代表サッカー史で言うならば古典的サッカーそのものになる。トルシエジャパン、ジーコジャパン、あるいは第2次岡田ジャパン(南アフリカW杯本大会を除く)のサッカーを見せられているようだった。

 最終ラインに守備者がダブつくサッカーだ。その3バック(3-4-2-1)は、気がつけばすっかり5バックになっていた。相手のFW2人ないし3人に対して、日本の最終ラインは+2人(4人)、ないし+3人(5人)で構えることになった。日本の1トップ2シャドーに対し、マックス4人で対峙していたパナマの最終ラインと比較すれば、その差は歴然としていた。

 その差は何を意味するかといえば、効率的か非効率的か、あるいは守備的か攻撃的であることは言うまでもない。森保ジャパンのサッカーはすなわち、著しく非効率的な守備的サッカーに陥っていた。

 15年前、20年前ならいざ知らず、現代サッカーにおいて、こうした傾向を露呈させるサッカーを見せられると、かなりがっかりさせられる。この日が初めてならまだ許せるが、そうではない。昨年末のE-1選手権対韓国戦などは、その典型的な試合だった。このまま代表監督を森保一監督に任せても大丈夫かと、心配が広がるきっかけになった試合でもある。