2020.06.25

初代表でいきなりドーハの三浦泰年。
「僕のせいでW杯に行けなかった」

  • 佐藤 俊●取材・構成 text by Sato Shun
  • 藤巻剛●撮影 photo by Fujimaki Goh

私が語る「日本サッカー、あの事件の真相」第15回
初めての日本代表で経験した「ドーハの悲劇」~ 三浦泰年(3)

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 アメリカW杯アジア最終予選のイラク戦――。

 後半44分、日本は2-1でリードしていた。このまま勝てば日本サッカー界史上初となるW杯出場が決まる。アメリカへのチケットは、もう指先までかかっていた。

 武田修宏のセンタリングが相手ボールになり、すぐに森保一が取り戻した。そして、ラモスに預けると、前線のカズにラストパスを出した。そのボールが相手に引っ掛かり、カウンターを受け、コーナーキックを与えてしまった。

試合後、弟・カズが立ち上がるまでそばにいた三浦泰年 photo by AFLO ベンチでは、都並敏史がレフリーに仕切りに「時計、時計」と声を出していた。都並は、もう自分を止められないようだった。三浦は、その声を複雑な感情を抱いて聞いていた。

「選手がいろいろ言うとレフリーへの印象が悪いじゃないですか。それは、監督のオフトが言うべきことだと思っていたんです。ただ、気持ちは都並さんと同じでした。早く終われ、早く終われ、それしか思っていなかった」

 後半45分過ぎ、コーナーキックがラストプレーだった。相手のショートコーナーからカズが切り替えされ、クロスが上げられた。ボールの行方を追うと、ゴールに吸い込まれていくのが見えた。

「その瞬間は、『えっ』という感じでした。それからは頭が真っ白ですよ」

 ゴンは、ベンチ前に倒れ、伏していた。同点弾を決められた選手たちは、ゲームを続ける余力がもう残っていなかった。再開のキッキオフとほぼ同時に試合終了を告げる無情の笛が鳴り、選手たちはピッチにヘナヘナと座り込み、倒れ伏した。

 柱谷は両手で顔を覆って号泣していた。ラモスは、ピッチに座り込んだまま動けずにいた。そして、カズも放心状態でピッチの上に座り込んでいた。

 三浦は、カズがいる所に向かって歩いていった。