2020.06.23

思い出すのもイヤだった「ドーハの悲劇」。
三浦泰年、27年後の告白

  • 佐藤 俊●取材・構成 text by Sato Shun
  • 藤巻剛●撮影 photo by Fujimaki Goh

 三浦にとって、大きな責任を背負って戦うのは初めての経験だったが、そのことよりも守備のことが気になって仕方なかったという。

アメリカW杯アジア最終予選を振り返った三浦泰年アメリカW杯アジア最終予選を振り返った三浦泰年 「最終ラインの真ん中の哲(柱谷哲二)さんと井原(正巳)、右サイドバックの堀池(巧)のバックラインは完成度がめちゃくちゃ高かったんです。だから、自分がそこに入って強い相手と戦った時にどうなるのか。例えば、ラインを上げてオフサイドを取るとき、そのアップ&ダウンの呼吸をキチッと合わせられるのか。守備のところで自分が機能するのか。チームに良い影響を与えられるのか......。日本の期待を背負っているというプレッシャーや緊張感よりも、その心配の方が強かったですね」

 三浦は本職がボランチなので対人の守備には自信があったが、SBはそれだけではなく、スペースを守ったり、スライドしたり、幅広い守備力が必要とされるポジションだ。オフトが「ディフェンスに冒険はいらない」と言ったように、守備のところでどれだけ貢献できるか。三浦はそれがチームの勝敗をも左右すると思っていた。
 
 サウジアラビア戦は0-0のドローに終わった。

 初戦ゆえに堅い試合になったが、当時アジアでは強豪国だったサウジアラビアに勝ち点1は、悪くはないスタートだった。三浦自身のプレーもラモスに絡み、いいリズムで攻撃が出来ていた。攻撃で上がったスペースを相手に突かれたことはあったが無難にこなし、無失点に抑えることができた。

「ヤス、よかったぞ」

 試合を終えた三浦は、都並からそう声をかけられた。

「都並さんは、いつも褒めてくれるんですよ。読売クラブで都並さんと左サイドバックのポジションを争っていた時も『おまえの左サイドバックは最高だ』っていつも言ってくれていたんです。でも、僕からするとまだまだなんで、『どこが最高なんですか?』って思っていた。だって、都並さんは自分の師匠みたいな人ですからね。サウジ戦後、都並さんから褒められましたけど、僕自身は良くも悪くもない、そこそこって感じでした」