2020.06.04

2002年、日本のサッカーW杯初勝利の
試合の視聴率を覚えていますか?

  • 中山 淳●文 text by Nakayama Atsushi
  • 木鋪虎雄●撮影 photo by Kishiku Torao

 そして、運命の2002年6月9日日曜日。もはやホスト国のノルマを達成するためにはあとがない状態のトルシエジャパンは、初戦のチュニジア戦で順当に勝利を収め、日本戦に勝てばグループリーグ突破が決定するロシアを、横浜国際総合競技場に迎えた。ロシアはグループ最強と目され、日本にとっては勝ち点1をもぎ取ることができれば御の字という力関係にあった。

 6万6108人が埋め尽くしたスタジアムは、期待と不安が入り混じった異様な雰囲気に包まれていた。いや、スタジアムだけではない。その夜はほとんどの日本国民が午後8時半キックオフのその試合に熱い視線を注ぎ、全国各所で歓声と悲鳴が交錯する歴史的90分を同時体験することになったのである。

 試合自体はスペクタクルとは言えなかった。序盤から硬直した試合はお互い様子を見合うような時間がつづき、決定機はほとんどなし。それでも、日本が前からプレッシャーをかけたことで、司令塔アレクサンダー・モストボイを負傷で欠くロシアの調子を狂わせていたのは確かだった。

 そんななか、0-0で後半を迎えた51分。日本は中田浩二が左サイドから入れたグラウンダーのクロスを柳沢敦がダイレクトで稲本潤一につなぐと、稲本がワンコントロール後に右足インサイドでシュート。ボールがゴール上のネットを揺らすと、6万を超えるスタンドのファンと、日本全国でテレビ観戦していた人々の感情が一気に爆発。スタジアムはおろか、文字どおり日本列島が歓喜に包まれた。