柱谷哲二の最重要ミッションは「監督と選手の仲を取り持つこと」だった (2ページ目)

  • 佐藤 俊●取材・構成 text by Sato Shun
  • 甲斐啓二郎●撮影 photo by Kai Keijiro

 チームのメンバーを見渡すと福田正博、井原正巳、中山雅史らは大学時代からよく知る仲間で、B代表でもプレーしていたのでさほど問題はなかった。だが、読売クラブの選手は一癖も二癖もあり、しかもラモス瑠偉がいた。さらに新しい選手や先輩の選手がおり、チーム内はカオスのような状態だった。

「どうやってチームをひとつにしようか。かなり悩みましたね」

 あの頃を思い出し、柱谷は少し複雑な表情を見せた。

 柱谷は、キャプテンとして2つのことをチームの指針にした。

 まず、なんでも言い合えるグループにすること。そして、戦う集団にすることだ。

「90年のW杯予選の時、1次予選で敗れたんですけど、その時はチーム内で何でも言い合うことができなかった。先輩・後輩という体育会系の縦社会があって、まだアマチュアだった。でも、ラモスやカズ(三浦知良)が来てくれて雰囲気がガラっと変わったし、これから自分たちはプロになる。プロに先輩も後輩もない。オフトからも『日本人はコミュニケーションの取り方が下手だから、コミュニケーションが取れるチームにしてくれ』と言われた。まずはラモスや吉田(光範)さんにも遠慮なく話ができるように、なんでも言い合えるチームにしようとそこからスタートしました」

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