2019.11.12

メディアにも隠し通した窮地。
「谷間の世代」が乗り越えた壮絶な戦い

  • 佐藤 俊●取材・構成 text by Sato Shun
  • 甲斐啓二郎●撮影 photo by Kai Keijiro

私が語る「日本サッカー、あの事件の真相」第10回
アテネ五輪に出場できなかった主将の胸中~鈴木啓太(2)

アテネ五輪アジア最終予選の壮絶な戦いを振り返る鈴木啓太 アテネ五輪最終予選、UAEラウンドの最終戦となるUAE戦、スタジアムは1万人を超える観衆が詰めかけ、完全にアウェーと化していた。

 勝ち点2差で首位のUAEを追う日本は、最低でもドロー以上の結果が求められていた。だが、試合前日に選手の多くが細菌性腸炎に見舞われ、下痢や微熱などの体調不良で苦しんでいた。

 試合前、キャプテンの鈴木啓太はトイレに行くと、それまで見たことのない悲惨な光景にあ然とした。

「普通、スタジアムの個室トイレって、扉が開きっぱなしじゃないですか。でも、その時はすべての(個室の)扉が閉まっていて、しかも(個室が空くのを)待っている選手がかなりいた。想像以上に、みんな、酷かった。これは、本当に大変な試合になるな、と思いましたね」

 日本はグループ最強の相手、UAEとの試合前に早くも窮地に立たされていたのである。

 試合は前半、日本が体を張った守備を見せ、また、UAEのシュートがバーを叩くなどの幸運にも恵まれて、0-0で折り返した。プランどおりの展開だったが、森崎浩司ら選手の表情には疲労の色がにじみ出ていた。

 後半30分を過ぎ、日本はドローを視野に入れての試合運びをしていた。まさしく体力的にも、精神的にも厳しい状況にあった。しかし後半39分、後半から出場した高松大樹が先制ゴールをゲット。さらにその3分後、田中達也が追加点を挙げ、2-0と勝利した。

 日本は、最大の難関を乗り越えたのである。

 試合が終わり、選手がふらふらの状態でピッチからロッカールームに向かっていった。その時、日本のテレビのインタビューを受けていた山本昌邦監督は感極まっていた。

「昌邦さんが泣いていたのは、知らなかったですね。監督として、相当なプレッシャーがあったと思います。

 試合後、僕も英語でインタビューをされましたけど、何を喋ったのか、まったく覚えていない。試合内容も、必死すぎて、余裕もなくて、記憶がないんですよ。そういうのは、それまでのサッカー人生で経験したことがなかった」