2019.03.18

黄金世代の南雄太は、トルシエ監督について
キングカズと語り合った

  • 佐藤 俊●取材・構成 text by Sato Shun
  • 甲斐啓二郎●撮影 photo by Kai Keijiro

世界2位の快挙から20年……
今だから語る「黄金世代」の実態
第2回:南雄太(2)

(1)はこちら>>

 1999年ワールドユース(U-20W杯)・ナイジェリア大会に出場したU-20日本代表は、グループリーグを首位通過。決勝トーナメント1回戦、PK戦に及ぶ死闘となったポルトガル戦を制すると、さらに勢いを増したチームは一体感を強めていった。

快挙達成にはサブの選手たちの存在が大きかったと語る南雄太 当時、チームの絆を深めることに大きく寄与したのが、サブ組の選手たちと、GKのバックアップメンバーとしてチームに帯同していた曽ヶ端準だった。バックアップのGKは、代表メンバーである南雄太か榎本達也かどちらかが、ケガなどで戦列を離れることになった場合のみ選手登録されるもので、試合はもちろん、ベンチにさえ入ることができない。

 それでも、開催地となるナイジェリアは日本からの交通の便がいいわけではなく、何か起きたときにすぐに対応するのが難しい場所柄ということもあって、曽ヶ端は現地に同行することになったのである。

「ソガ(曽ヶ端)とは大会中、ずっと同じ部屋だったんです。その間は、いろいろな話をしましたね。

 GKのバックアップは試合にも出られず、ベンチにも入ることが許されないですから、本当は早く(日本に)帰りたかったはずなんです。でも、ソガは練習でもすごくがんばっていたし、チームが勝ったら一緒になって喜んでいた。そんな姿を見ていたので、ソガのためにもがんばらないといけないなって思ってプレーしていました」

 曽ヶ端に限らず、フィールドプレーヤーのサブ組の選手たちも献身的にチームを支えていた。播戸竜二や氏家英行らは、試合に出たい気持ちを胸の中に押し込んで、ベンチで明るく振る舞ってチームを盛り上げていた。