2018.10.22

中村憲剛、大島僚太を語る。
「大久保嘉人の加入で劇的に変わった」

  • 原田大輔●取材・文 text by Harada Daisuke
  • 佐野美樹●撮影 photo by Sano Miki

中村憲剛インタビュー@前編

 中村憲剛から、大島僚太、そして守田英正へ――。川崎フロンターレが掲げる多彩なパスサッカーを、文字どおり舵取りしているのがボランチである。今でこそトップ下でプレーする中村だが、その先駆者として後進に何を伝え、何を築いてきたのか。

 インタビュー前編では、かつてはダブルボランチを組み、そのすべてを教えてきた大島について語ってもらった。その攻撃サッカーを体現する背番号14は、頼もしき成長を見せる背番号10をどう見ているのか。

中村憲剛は大島僚太の成長をどのように感じているのか―― 後輩たちの話を聞く前に、中村選手自身のことを少しだけ聞かせてください。プロになる前の中村選手は今と同様、トップ下の選手でした。川崎フロンターレでは長い間、ボランチを務めいた時期がありましたけど、どのように戦術眼を身につけ、ボランチとしてのプレーを確立していったのでしょうか。

中村憲剛(以下:中村) プロになる前にボランチでプレーしていたのは、高校生のときくらいでしたからね。それもボランチというよりは、攻撃的なボランチでした。だから、プロ2年目を迎えた2004年のキャンプで、当時監督だった関さん(関塚隆)に「ボランチもやってほしい」と言われたときは驚きました。急なことで何も準備していなかったし、プロとしてのボランチなんて初めてだったし、とにかくキャンプ中は関さんとたくさん話をしました。

 当時ボランチでプレーしていたオニさん(鬼木達監督)や(山根)巌さん、DFの(寺田)周平さんや(伊藤)宏樹さんからも、いろいろと話を聞きました。あとは、自分がトップ下だったときに、ボランチの選手が「こういう動きをしてくれたらいいのにな」と思うプレーを意識していましたね。でもそれ以上に、当時の自分は「何か爪跡を残さなければプロの世界では生き残ってはいけない」と必死でした。

―― 中村選手は、決してフィジカルの強い選手ではないですよね。そうした選手が中盤の底を担うという点においては、大島選手と共通するところがあるのでは?

中村 だからというか、自分もそうだったので、僚太がボランチをやるとなったときも何も心配はしていませんでした。(身体の)サイズがないからこそできるボランチのスタイルというものを、自分自身で確立していたつもりだったので、僚太にも機を見て、自分が培(つちか)ってきたものを話すようにしてきました。