2013.10.20

ドーハの悲劇、20年後に出てきたエピソード

  • スポルティーバ●文 text by Sportiva photo by AFLO

日本を活気づけた、韓国代表ノ・ジュンユンからの贈り物

 1993年10月に行なわれたワールドカップ・アジア地区最終予選はセントラル方式で行なわれるため、本大会出場を賭けて戦う6チームは、カタールのドーハに集結していた。しかも、ホテルの数が限られているため、日本代表と韓国代表は同じシェラトン・ガルフ・ホテルに宿泊することとなった。

 宿泊しているフロアは違えども、ライバル同士がロビーやエレベーターで顔を合わせることも少なくない。本来、両チームは別々に食事をするのだが、一度、衝立(ついたて)を挟んで同じ場所で食事をしたこともあったという。日本代表は専属コックを連れてきていたものの、日本人が好む食材を現地で手に入れることができず、選手たちに満足な食事を提供することは難しかった。一方、衝立越しに漂ってくる、韓国代表が食べるキムチや焼き肉の匂いに、日本の選手たちは食欲をそそられたという。

サンフレッチェ広島で森保一のチームメイトだった韓国代表のノ・ジュンユン そんな中、部屋に戻ったキャプテンの柱谷哲司は、ふたり一組で割り当てられた部屋の相棒である森保一にこう言った。「ノ・ジュンユンにお願いして、何か食べ物をもらってきてくれよ」。韓国代表の一員として同じホテルに滞在していたノ・ジュンユンは、Jリーグが発足したその年(1993年)、サンフレッチェ広島に入団。森保とチームメイトの間柄だったため、柱谷はダメもとでお願いしたのだ。

 すると、ノ・ジュンユンは森保の願いをすんなりと受け入れ、ふたりのいる部屋までやってきて、こう言った。「大した食事がとれてないと、力が出ないでしょ。これ食べなよ」。なんと、韓国から持参したキムチと焼き肉をラップに包み、わざわざ持ってきてくれたのである。さらにノ・ジュンユンは、「今回の6チームのなかでイラクが一番強いよ」と、他チームの情報も提供してくれたのだ。

 ノ・ジュンユンの好意で手渡されたキムチや焼き肉は、他のメンバーにも振る舞われ、日本代表は大いに活気づいた。北澤豪も、そのひとり。当時のことを振り返る。