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山本昌が語る32年のプロ野球人生と最強打者たちの記憶「調子のいい清原さんだけは、どうにもならなかった」 (2ページ目)

【星野仙一さんの教え】

吉田 長い現役生活のなかで、この人がいなければここまで続けられなかった、という方はいますか。

山本 何人もいます。プロに引っ張ってくれたスカウトの高木さんはもちろん、50歳まで野球を続けられたという点では、星野さんです。4年目を終えた時点では戦力外になってもおかしくなかったところを、アメリカ留学の機会を与えてくださいました。そこでアイク生原さん(※ロサンゼルス・ドジャースの会長補佐。日米の野球交流に尽力)という方に出会い、野球選手として軌道に乗ることができました。

吉田 星野さんはどんな指揮官でしたか。

山本 試合中の粗探しがうまくて、勝っても「なんでこうなったんや」と怒られることもありました。今の時代だったら、コンプライアンス的に就任3日で退任になっているかもしれません(笑)。ただ、人を同じ方向に引っ張る力は本当にすごかったです。あとはやはり、怒られても試合には使い続けてくれた。それでうまくなれたと思っています。

吉田 何か印象的なエピソードはありますか。

山本 ある日、先輩の使い走りで、自動販売機でジュースを買っていたら、突然頭をバチンと叩かれて、振り返ったら星野さんでした。怒られたのはジュースを買っていたことではなく、左手を自動販売機の取り出し口に突っ込んでいたことだったんです。「そんなところに左手を突っ込んで、爪が剥がれたらどうするんや」と。それ以来、自動販売機の取り出し口には左手を入れていません(笑)。

 100勝した時、150勝、200勝、引退する時、どの節目も両親より先に星野さんに電話していました。

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