【プロ野球】石毛宏典が振り返る、広岡達朗率いる西武でセーブ王に輝いた森繁和 レジェンドが多いなかで「心強かった」 (3ページ目)
――プロ入り4年目(1982年)、森さんは広岡達朗監督によって先発からリリーフに配置転換されました。
石毛 森さんは肘を手術したので、復帰後は肘の状態とチーム事情によってリリーフに回りました。翌年の1983年は34セーブを挙げてセーブ王になっていますし、結果的には抑えがハマりましたよね。
ただ、私はプロに入って間もない頃だったので自分のことで精一杯でした。今だからこのように話せますが、森さんのピッチングをどうこう言える余裕はまったくありませんでしたね(笑)。
――実働は9年と選手としてのキャリアは短かったですね。
石毛 30代中盤(34歳)での引退ですから若いですよね。引退した翌年から二軍の投手コーチを務めましたが、先発、中継ぎ、抑えと経験豊富でしたし、教えられることは多かったと思います。
あと、私と同じでさっぱりしている性格で、選手にとっては歳も近いということで、接しやすいコーチだったんじゃないかと思います。選手に気を遣う感じではなく、自分の思いをストレートに伝えていたと思いますし、一方で重たくならないように笑いを交えつつ声をかけていたんじゃないかと。そういったコミュニケーションというか、"出し入れ"がうまい人です。それが、指導者として長くユニフォームを着た理由のひとつだと思います。
(後編:森繁和の偉大なる功績を称賛「現役時代の数字だけでは森さんという人間は語れない」>>)
【プロフィール】
石毛宏典(いしげ・ひろみち)
1956年 9月22日生まれ、千葉県出身。駒澤大学、プリンスホテルを経て1980年ドラフト1位で西武に入団。黄金時代のチームリーダーとして活躍する。1994年にFA権を行使してダイエーに移籍。1996年限りで引退し、ダイエーの2軍監督、オリックスの監督を歴任する。2004年には独立リーグの四国アイランドリーグを創設。同リーグコミッショナーを経て、2008年より四国・九州アイランド リーグの「愛媛マンダリンパイレーツ」のシニア・チームアドバイザーを務めた。そのほか、指導者やプロ野球解説者など幅広く活躍している。
◆石毛宏典さん公式YouTubeチャンネル
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著者プロフィール
浜田哲男 (はまだ・てつお)
千葉県出身。専修大学を卒業後、広告業界でのマーケティングプランナー・ライター業を経て独立。『ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)』の取材をはじめ、複数のスポーツ・エンタメ系メディアで企画・編集・執筆に携わる。『Sportiva(スポルティーバ)』で「野球人生を変えた名将の言動」を連載中。『カレーの世界史』(SBビジュアル新書)など幅広いジャンルでの編集協力も多数。
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