【プロ野球】石毛宏典が森繁和の偉大なる功績を称賛「現役時代の数字だけでは森さんという人間は語れない」
石毛宏典が語る黄金時代の西武(14)
森繁和 後編
(前編:広岡達朗率いる西武でセーブ王に輝いた森繁和 レジェンドが多いなかで「心強かった」>>)
黄金時代の西武のチームリーダー・石毛宏典氏に聞く森繁和氏とのエピソード。後編では、森氏が現役引退後に長く指導者を続けた理由や、落合博満監督率いる中日のコーチ時代に築いたドミニカとの関係について聞いた。
落合博満監督(右)時代の中日でコーチを務めた森繁和 photo by Sankei Visualこの記事に関連する写真を見る
【ドミニカ共和国で築いた太いパイプ】
――森さんは1988年に現役を引退し、翌年から西武の二軍投手コーチに就任。若くして指導者としての道を歩み始めました。
石毛宏典(以下:石毛) 最初が西武で、日本ハムや横浜でも投手コーチを務めたあと、中日では長くコーチや監督を務めましたよね。兄貴分のような感じで、選手といい関係を構築するのがうまかったんでしょう。
――選手からの人望が厚かった?
石毛 長くできたから人望が厚くなったのか。人望が厚かったから長くできたのか。森さんには、おそらく両方の要素があると思います。人付き合いはとても丁寧な方だと思いますし、森さんのことを悪く言う声は聞いたことがありません。ぶっきらぼうなところはありますが、そういった部分を場面によって使い分ける賢さもあると思います。
口も堅いですから、選手、球団関係者からも信頼されていたんじゃないですか。あと、ピッチャーの面倒見がいい。デニー(友利結)にしてもそうですし、森さんを慕っているピッチャーは多いんじゃないかな。
――中日では落合監督を支え、外国人選手の獲得にも大きく関わりました。特にドミニカ共和国と太いパイプを築いたことはよく知られています。
石毛 毎年、ドミニカのウィンターリーグを視察していましたよね。確か、マルちゃん(元西武・巨人のドミンゴ・マルティネス)経由で中南米の選手と交渉したりしていたんじゃないかと。トニ・ブランコなど、格安で連れてきた選手があれだけ活躍しましたし、中日にとってはありがたいですよ。
コーチのみならず、編成の一翼まで担ってくれたわけですからね。ドミニカをはじめとした中南米の選手たちにとっては、「森さんにアピールできれば、日本に呼んでくれて稼がせてくれる」という存在にもなっていたでしょうし、そこでもいい関係が築けていたんでしょう。
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著者プロフィール
浜田哲男 (はまだ・てつお)
千葉県出身。専修大学を卒業後、広告業界でのマーケティングプランナー・ライター業を経て独立。『ワールド・ベースボール・クラシック(WBC)』の取材をはじめ、複数のスポーツ・エンタメ系メディアで企画・編集・執筆に携わる。『Sportiva(スポルティーバ)』で「野球人生を変えた名将の言動」を連載中。『カレーの世界史』(SBビジュアル新書)など幅広いジャンルでの編集協力も多数。





















