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【プロ野球】荒木雅博が太田椋・泉口友汰・宗山塁を徹底分析 「2000本安打を目指せる逸材」は? (3ページ目)

  • 水道博●文 text by Suido Hiroshi

【さすが5球団が競合した逸材】

── 明治大時代、宗山塁選手は「10年にひとりの遊撃手」と高い評価を受けていました。

荒木 やはり打撃がシュアでいいですよね。細身ながら、しっかりスイングできて、飛ばす力があります。打撃も守備もすぐ順応して、開幕から試合に出続けているのは、さすが5球団も競合した選手だなと感じています。

── 広陵高時代は、渡部聖也選手と同級生でした。

荒木 同じパ・リーグですし、お互いいい刺激になっているのでしょうね。ふたりとも今年は多くの経験を積めたと思いますし、来年以降、どんな選手に成長していくのか楽しみです。

── 宗山選手は、鳥谷敬選手や坂本勇人選手が目標だそうです。

荒木 ふたりのように2000本安打、ゴールデングラブ賞を獲れる選手を目指してもらいたいですね。1年目のプレーを見る限り、十分に可能な目標だと思います。

── あえて課題を挙げるとすると、どのあたりになりますか。

荒木 昨年までは大学生だったわけです。春と秋のリーグ戦で、それぞれ最大でも15試合ほどです。それがプロでは毎日試合があるわけですから、体調の管理はもちろんですが、メンタルの部分も大事になってきます。結果に対して、一喜一憂している時間はありません。そのうえで、プロのスピード、確実性、技術の精度、スタミナをつけていくことが必要になってきます。


荒木雅博(あらき・まさひろ)/1977年9月13日、熊本県生まれ。熊本工高から95年ドラフト1位で中日に入団。02年からレギュラーに定着し、落合博満監督となった04年から6年連続ゴールデングラブ賞を受賞するなど、チームの中心選手として活躍。とくに井端弘和との「アラ・イバ」コンビは中日黄金期の象徴となった。17年にプロ通算2000安打を達成し、翌18年に現役を引退した。引退後は中日のコーチとして23年まで指導し、24年から解説者として新たなスタートを切った

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