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「こんな気持ちではファンにも失礼だ」杉谷拳士はエスコンフィールドで気づいた「中途半端な自分」に引退を決意した

  • 石塚 隆●取材・文 text by Ishizuka Takashi
  • 立松尚積●撮影 photo by Tatematsu Naozumi

2022年、プロ野球選手からの「前進会見」をした杉谷拳士氏。その後は持ち前の明るいキャラクターを生かして、侍ジャパンの合宿やプロ野球チームのキャンプ取材のレポート、バラエティー番組などで活躍している。そんな杉谷氏に、改めてプロ野球選手としての日々を振り返ってもらった。

杉谷拳士氏インタビュー
前編

現役時代や今後の活動について語った杉谷拳士氏現役時代や今後の活動について語った杉谷拳士氏
──春季キャンプやオープン戦のこの時期、杉谷さんが体を動かしていないのは本当に久しぶりなんじゃないですか。

杉谷拳士(以下、杉谷) 学生時代からずっと野球をやってきましたからね。例年ならば完全に体が仕上がっている時期ですし、暖かいところで体を動かせないのはちょっと寂しい気持ちになります。ただ、今は新しい世界に向かっていますし、日々ワクワクしながら過ごしています!

──バラエティー番組でよく拝見するのですが、芸人さんたちを向こうに、よくあそこまで達者におしゃべりができるなと(笑)。

杉谷 いえいえ(笑)。もっとこうやって話せば伝わりやすかったんじゃないかなって反省ばかりです。それでも楽しくやらせていただいています。

──さて、昨年プロ野球選手としての生活を終え、改めて過ごした日々を振り返ってみるといかがですか。

杉谷 14年間、日本ハムファイターズでやらせてもらって、たくさんの人たちとつながることができた素敵な日々でした。そして今、野球を終え、そこで出会った人たちが僕のことをすごく助けてくださり、本当に大切な時間だったなって感じています。

──帝京高校時代に入団テストを受けてドラフト6位指名。3年目に一軍に初昇格。プロでやっていけると思った瞬間はどこでしたか。

杉谷 入団した時からやっていけるとは思っていたんです。ただ将来のことを考えた時、人にはないオンリーワンの武器を持たなければいけないと強く思っていました。だからスイッチヒッターもやりましたし、内野外野の両方を守れるようにしたり、そして誰よりも元気でいなくちゃいけないって。

──それが14年間のキャリアを重ねることができた要因だったと。

杉谷 プロ野球選手になるのが目的ではなく、あくまでもプロ野球選手になって、たくさんの人に笑顔を届けられるようなプレーヤーになりたいって思っていました。だから3年目、当時西武の涌井(秀章)さんから初ヒットを打った時は「ついに始まったな」と思ったんです。

──その涌井選手も今季から中日でプレーしますし、時の流れを考えると感慨深いものがありますね。

杉谷 本当ですね。あの涌井さんからの一打は僕のなかで今でも大きな財産ですし、忘れられない瞬間ですね。

──聞けばプロ生活で一番印象に残っている出来事は、活躍した場面ではなく、2016年に右手の有鈎骨(ゆうこうこつ)を骨折したことだということですが、杉谷さんにしてはネガティブな事柄のようにも感じるのですが。

杉谷 違うんです。もちろんケガをした瞬間はつらかったですけど、ケガをしてしまったことよりも、すぐに次どうしたら一軍に戻れるのかって気持ちの整理をすることが早くできたことがよかったというか。たとえば翌日からリハビリを悔しい思いを抱えたままの表情で始めるのか、それともトレーナーさんたちに「これどうしたら、すぐに上に行けますか!?」ってポジティブな気持ちで入っていくのか。元気に取り組めば周りの目も変わるし、何より自分もどんどん前向きになれるはず、と思い、ケガと向き合いました。実際、いろんな人に支えていただき、予定よりも1カ月早く復帰できました。

──とにかく前向きに、ですね。

杉谷 はい。だから苦しい時ほど何をすればいいのか、あのケガから学べたことは、プロの世界で生きていくうえでも大きかったです。

──それにしても、そのポジティブで諦めないメンタリティーというのは、一体どこからきているんですか?

杉谷 うーん、小さい時からです。ボクサーだった父(杉谷満氏)からはよく「挑戦をして失敗や後悔するのは構わない。ただ挑戦せず後悔するほどもったいない時間はない」と言われていたんです。また母は、父が世界タイトルマッチに挑んだ時の話をよくしてくれました。「お父さんは、世界戦が決まって、やっとできると思ってしまった。その時に、もう勝負はついていたのかもしれない。試合が決まって"倒してやろう!""世界を獲る!"という気持ちと"やっとできる"とでは全然違うからね」。だから僕はプロ野球選手になることが目的ではなく、そこから先、何をすべきか考えることができました。

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著者プロフィール

  • 石塚 隆

    石塚 隆 (いしづか・たかし)

    フリーランスライター。1972年生まれ。神奈川県川崎市出身、現在は鎌倉在住。『Sportiva』をはじめ『Number』『週刊ベースボール』『集英社オンライン』『週刊プレイボーイ』など、スポーツを中心に、政治、経済、サブカルチャーなど多岐にわたるジャンルで寄稿している。趣味はサーフィン、トレイルランニング

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