2022.03.08

プロ未経験を武器に無名選手を次々に発掘。「死ぬまでスカウト」を実践した今成泰章氏を偲ぶ

  • 安倍昌彦●文 text by Abe Masahiko
  • photo by Kyodo News

 3月に入り、社会人野球のスポニチ大会、センバツ高校野球の取材準備をしながら、今年もいよいよアマチュア野球が始まるな......と思っていたら、まさかの訃報が飛び込んできた。日本ハムの今成泰章スカウトが亡くなったというニュースをネットの速報で知った時は、「えっ!」と思わず声をあげ、固まってしまった。

ダルビッシュ有(写真左)にヒルマン監督からのメッセージを渡す今成泰章スカウト(写真右)ダルビッシュ有(写真左)にヒルマン監督からのメッセージを渡す今成泰章スカウト(写真右) この記事に関連する写真を見る

プロ経験のないスカウト

 今成スカウトとは、1955年生まれの同期だった。高校時代は同じ東京の球児として、練習試合で何度か戦った。今成スカウトがいた堀越高校は甲子園を目指せる強豪チームで、我が早大学院はひどくやられたことははっきりと覚えている。

 当時の今成スカウトは、長身の内野手でショート、サードを守っていた。駒澤大に進んでからは捕手になったと聞いたが、その後、彼の名前を目にしたのは、大学卒業と同時に阪神のスカウトに就任するという新聞記事だった。

 どんな経緯でその職についたのかはわからないが、私もスカウトへの憧れがあったから、今成スカウトに対して羨望と敬意と、ちょっとした嫉妬があった。

 今成スカウトを紹介してくれたのは、広島カープの苑田聡彦スカウトだった。最初に会った時に高校時代の話を持ち出したが、「そうだったかなぁ......」とまったく覚えられていなかった。

 それでも、それからは現場で会うと「おう」と声をかけてくれ、「これ食べるか?」と何度もパンをいただいた。

 そういう時は、いつもスカウトは彼しか来ていないような地方の球場で、一見ぶっきらぼうだけど、じつは照れ屋だったのかもしれない。

 それでも、そこで隣に座り込んで話が盛り上がるということもなく、なんとなく"一匹狼"的な雰囲気の漂うスカウトだった。いつも忖度なく自分の意見をはっきりと言い、間違ってもおべんちゃらを使うような人じゃなかったから、少なからず敵もいた。

「オレみたいなプロの経験もない、大学からいきなりスカウトになったような若造は、黙ってたらなんの仕事にもならないのよ」