2021.08.22

オリックス宗佑磨の伝説プレーに恩師も驚愕。サード挑戦は「最初はちょっと嫌でした」

  • 石田雄太●文 text by Ishida Yuta
  • photo by Koike Yoshihiro

 横浜隼人高校の水谷哲也監督には、今も忘れることができない驚愕の光景がある。

 2012年10月6日、保土ケ谷で行なわれた秋季神奈川大会の準決勝。平塚学園と対戦した横浜隼人の4番を打つのは、当時、背番号9をつけた高校1年生の宗佑磨だった。

 平塚学園が1-0とリードして迎えた6回表、宗がレフト前ヒットを放ってワンアウト一、三塁と横浜隼人が追撃のチャンスを広げる。ここで水谷監督は宗にセカンドへの盗塁のサインを出して、ランナー二、三塁をつくろうとした。

 次の瞬間、ピッチャーが三塁へ牽制の偽投をする。その動作に釣られて、宗が一塁を飛び出した。すかさずピッチャーはセカンドへ投げる。セカンドがボールを捕って、悠々、アウト、と思いきや......「宗佑磨、ボールを持って追いかけてきた二塁手を飛び越えようとしましたが、失敗(苦笑)」(水谷監督)。

 つまり宗は、タッチにきた二塁手に向かってスピードを緩めることなく走り、その上を飛び越えようとしたというのである。まず、宗にそのことをぶつけてみた。

「ああ、ありましたね(苦笑)。あの時は必死でしたから......挟まれちゃったんで、何とかしなきゃと思って、結局はアウトになりましたけど、跳んだらいけそうだなと思ったので(笑)」

 高校時代から驚異的な筋力と高い運動能力を誇っていた宗は、これが高校生かと周囲を仰天させる破天荒なスーパープレーを披露したかと思えば、なんでもない打球をエラーするなどのポカをやらかすことも少なくない......そういう選手だった。

 ケガにも悩まされ、試合に出られない時期もあったが、野手としてのポテンシャルの高さは誰もが認めるところで、中学時代は軟式の経験しかなかったのにもかかわらず、宗は高校1年の秋からレギュラーの座を掴んでいる。その時、最初に任されたポジションはライトだった。宗がこう話す。

「だって僕、内野、嫌いでしたもん......内野はやりたくなかったんです。だから外野がよかったんですけど、1年生の時の秋の関東大会でバンザイ(フライの後逸)をやらかしちゃったんですよね。いまチームメイトの若月(健矢)さんがいた花咲徳栄(埼玉)と1回戦で当たったんですけど、初回、楠本(泰史/現・DeNA)さんのライトフライをバンザイして、その直後に若月さんにホームランを打たれたんです。結局、その試合に負けて(水谷)監督に『どうや、サードいけるか』って......外野のダメ出しです。でも本当は、内野は守りたくなくて、サードをやったのも嫌々でした」