DeNA関根大気が誇る「パワフルな母」との物語。40歳で教員免許、現在はクレープの移動販売

  • 菊地高弘●文 text by Kikuchi Takahiro
  • photo by Sankei Visual

 関根大気(横浜DeNA)と実際に会ったことがあるのは、5年前に横浜スタジアムで一度だけ。同じ空間を共有できないパソコン画面上で5年ぶりに顔を合わせたにもかかわらず、「お久しぶりです」とあいさつしてくれた。

 思わず「覚えていてくれたのですか?」と尋ねると、「かなり前に取材してくださいましたよね」と関根は爽やかに笑った。

プロ8年目にして初めて開幕スタメンを果たしたDeNA関根大気プロ8年目にして初めて開幕スタメンを果たしたDeNA関根大気 人を惹きつける能力は天性なのか、それとも育ちのよさからくるものなのか。DeNAに入団して8年目の今季、初めて開幕スタメンを勝ち取った関根は、多くのメディアで取り上げられた。関根のナイスガイぶりを知るメディア関係者のなかには、活躍すればすぐに取り上げたいと手ぐすねを引く人間もいたのではないだろうか。

 生い立ちを知れば知るほど、応援したくなってくる。5年前の取材で、関根は家族とのかかわりについて教えてくれた。

 母・美華さんと兄、妹との4人家族。関根は「不自由なく暮らしていたので、母子家庭という感覚はないです」と強調する。美華さんは仕事の傍ら、休日は兄弟が参加する野球チームの活動のため自家用車を運転して送迎してくれた。

 関根は愛知県屈指の名門・東邦に入学したが、春日井市の自宅から名古屋市の学校まで通学時間がかかるため、満足のいく練習ができずにいた。すると、関根家は一家そろって東邦高の近所に転居する。関根は当時をこのように振り返った。

「母が引っ越しの案を出してくれました。兄は僕の高校と近くだったので問題なかったんですけど、妹は当時中学生で、小学校からずっと遊んできた友達と離れなければならない。そこで転校させてしまうことになってしまいました」

 妹へのせめてもの罪滅ぼしとして、関根は妹の大学の学費を自分の給料から払っていたという。

 強い結束を誇る関根家の大黒柱が、母・美華さんだった。

「美華さんはどんな人ですか?」と聞くと、関根は「パワフルな人」と即答した。

「1人で3人の子どもを育ててくれたこともそうですし、40歳になってから『教師になりたい』と大学に通い始めて先生になってしまいました。子どもたちが独立した今は『クレープ屋をやりたい』と、横浜でクレープの移動販売を始めています。『こうしたい』と決めたらすぐに動く姿を見てきたので、パワフルだと思いますね」

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