「どういうふうに野球をやめようか」から高木由一は2度の球宴出場を果たした

  • 菊地高弘●文 text by Kikuchi Takahiro
  • photo by Kyodo News

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「なんで、私がプロ野球選手に⁉︎」
第1回 高木由一・後編

前編はこちら>>

 異色の経歴を辿った野球人にスポットを当てる新シリーズ「なんで、私がプロ野球選手に!?」。第1回後編は、公務員からプロ野球選手になった高木由一(元・大洋)の入団テスト後の顛末を紹介する。

引退後は長らくコーチを務め、鈴木尚典など多くの選手を育てた高木由一氏(写真右)引退後は長らくコーチを務め、鈴木尚典など多くの選手を育てた高木由一氏(写真右)「ちょっと待ってください!」

 まさかの入団テスト合格に狼狽した高木は、大洋ホエールズの担当者に自分が市役所に勤める公務員であることを打ち明けた。

「失礼ですけど、漠然とテストを受けてしまいました。少し考えさせてください」

 そうは言ったものの、もともとプロ野球選手になる覚悟など持ち合わせてはいなかった。高木は当時を振り返る。

「いきなり断るのも失礼だから『考えさせて』とは言ったけど、そんな未知の世界に入るなんて考えもしませんよ」

 夢とか憧れという次元とは、まったく別の範疇にあった。

 しかし、大洋の勧誘は思いのほか、熱心だった。あの大打者・青田昇が高木の打力を認めたことも影響したのだろう。テストから1週間もすると、早くも「どうですか?」と返事を催促する電話がかかってきた。

 じつは市役所勤めが5年目に入って、高木のなかに「これが俺の一生の仕事になるのだろうか?」という疑問が芽生えてもいた。

「4年も経つと自分の仕事内容もわかってくるじゃないですか。このままこの仕事をやっていくのか、違う道もあるんじゃないか......と思っていた時期でもあったんです」

 周りに相談すると、反応は両極端に分かれた。年配者には、ほぼ例外なく反対された。

「成功するわけがないじゃないか」

「公務員の安定した生活を捨ててまでプロに行く必要はない」

 一方で、市役所野球部の仲間たちは軽いトーンで「行ったらいいじゃない!」とはやしたてた。

 迷い、悩むうちに高木は胃を壊してしまう。病院へ行き、初対面の医師に高木はすがるように尋ねた。

「プロに行くか悩んでいるんですけど、どうなんですかね?」

 患者からの場違いな相談に、医師も困惑したに違いない。医師は「プロは厳しい世界だから、厳しいんじゃないかな」と答えた。高木はまるで免罪符でも手に入れたように、いそいそと大洋球団に電話をかけた。

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